永井 譲治(ながい じょうじ)

永井 譲治(ながい じょうじ)

1956年東京都生まれ。日本大学文理学部卒業。
大学在学中から、大手アナウンススクール教務課に勤務。
以後約20年にわたり、教務責任者・放送局受験対策カウンセラーとして数多くの人材を放送業界に送り出す。
1999年10月、東京アナウンスセミナーを創立。8年間で約400名の放送局内定・合格者を輩出する。
2008年9月3日没。享年52。

著書

「いまを生きる されど、アナウンサー」(新風舎)
「アナウンサーになる!」(毎日新聞社)

永井譲治「日記の言葉」

永井譲治は生前、その日気付いたことや思ったことを当時のホームページに書き綴っていました。
ここでは「日記の言葉」としてご紹介します。

2007年

向き不向きより前向き、に生きることはとても大切なことだ。才能とはたぶん努力できることであり、その継続もできる人が夢の実現を可能にするのだろう。大学自主留年生や社会人、卒業後もアルバイトで生活を繋ぎ受験活動を続ける者、そんな生き方から生まれるアナウンサー、話し手は他人の心の痛みをも知れる。

夢までの距離を測れる物差しがあったとしたら、それを手にする勇気がいまの自分にはあるだろうか。それは思いのほか重くひとりでは持ち切れないかもしれない。体が震え握ることすらできないかもしれない。でもそんなものが存在していたら、きっと人生変わっていただろう。幼い頃、将来に抱いた夢。それはなんとなく見上げた空のように、ただ漠然とそこにあった。歳を重ねるにつれ、青い空から得られる幸せとともにそこからは雨が降り雪が舞い、ときには雹も落ちること、そんな厳しさを知った。またその下で自分が生きているということも実感できるようになった。いま生きていこうと思えるのは夢や希望があるからだろう。しかしその実現のために生きるということ、そしてそれを成し遂げることは難しいことだ。ときに「ガラスの動物園」の動物たちのようにそれは息がかかるだけで壊れてしまいそうだ。いつも愛をもち臨まねばならない。

先日八期生の女生徒が放送局にアナウンサーとして内定した。彼女は地方の大学の学生で昨年以来片道十一時間かけてバスで東京アナウンスセミナーへ通学していた。ここ最近も内定した局の試験が進むごとに毎回香川からカウンセリングのためだけで上京し、学校と居酒屋(第二事務所?)で面接や音声、フリートーク対策に励んでいた。思う一念岩をも通す。念ずれば花開く。努力の継続は決して裏切らない。アナウンサー誕生に乾杯。

人は何で生まれるのか。人を愛するため世の中をよくするため。つまりは誰かのために生まれてきたと思えるのだ。人は自分のためだけでは生きていけない。人のために初めて命や生涯をも懸けられる。華やかさや金銭に、全人生を懸ける。それはとても空しいことだ。人の笑顔をひとつでもつくれたら。何の仕事でもその思いがあれば幸せだ。社名や都市の規模を超えて生きる、本当の「就職」ができたら幸いだ。私も任務を終えるその日まで多くの人を愛したい。

心のあり方。他人に負けないことではなくて、自分に負けないこと。一番になることではなくて、自分の生涯をかけて理想の自分に近づくこと。アナウンサーという仕事は100%がない。いつどんなときも謙虚に自分を見つめ、一生をかけて、そのエンドレスの道を前向きに精一杯生きるべきものだ。学校の玄関に生徒の皆からの「ひとつ屋根の下」を表したペンションのような看板がある。大家族のように皆で頑張りたい。

初めて車にはねられた。死は近くにあることを実感させてくれた出来事だった。きょうが一生、いまが一生、いまを生きる。

「ここで四つ葉のクローバーをひとつでも多くとることができたら、自分も幸せになりひとをも幸せにできる」、と大草原を目の前にしてそんな命題を与えられた。アナウンサーとして生きるということはこんな生き方なのだと私は思う。つまりは切りがないことにどれだけ妥協せずに心を持って向かえるかだと思うのだ。

自分のそばにいる人さえ愛せない者は人のために生きられないだろう。ひとりになって初めて気がつくのは人のために生きていなかったことだろう。

ときには靴を脱いで裸足で散歩をしてみたい。その踵の分だけ目線が高かった自分から等身大の昔の自分に戻れるかもしれない。

花にも咲く時季があるように人にもその時期があるのだと思う。冬に咲く花もまた可憐だ。

もし人がそれぞれに異なる人ひとりを大切にし愛し、ひとりと心を繋げられたら全世界の人たちの絆ができる。ひとりだけで皆がひとつになるのだ。きっと争いのない愛に包まれた世界だろう。

毎年桜の時季になると悲しさと喜びが同時に訪れる。生徒がアナウンサーとして全国へ青い鳥のように羽ばたくからだ。その土地その土地で人たちを幸せにしてほしい。

きょう社会人の男子生徒が日本の南の島の放送局にアナウンサーとして内定した。仕事の合間に頑張った宝物だ。1987年1月7日。同じように大学卒業後も努力し続け、同じ局に合格したひとりの男性がいた。「いまを生きる」という私の拙著の登場人物のひとりだ。今回もまた新卒者でなくても採用されたのである。20年の時を経ても変わらない人物をみる採用に感激し、島民に愛される放送局なのだろうと思った。

道端に咲く名を知らぬ花からも元気や勇気をもらえる。そんなさりげなくひたむきな生き方がしたい。

ひとことで明るくなれたり、ひとことで優しい気持ちになれたり、目の前を天使のように飛び回る言葉に気付きたい。

近くに人がいるのに遠くに感じる時代だ。科学の進歩はあっても人間性まで高まっているようには思えない。殺人や自殺が多発し、そのニュースに音楽が流れる。
私は握手が好きだ。人の温もりを感じられるからだ。いま、ともに生きていることを実感し、安心し、勇気がでる。ひとりではないのだ。あのひとのためなら頑張れる。

きょういま内定が生まれた。大学を留年し二年間受験しつづけてきた生徒にだ。私もとても幸せな一日になった。諦めないことが夢を叶えること。苦しいときこそ自分を、まず自分が信じてあげることが大切なのだ。

暖冬だったのにここへきて寒い。見かけていない雪も二回あったという。中目黒駅に程近い目黒川は桜が見事だ。自転車で移動している私は毎回その蕾に目をやる。いまはまだ寒そうに膝を抱えているように見える。早く皆を元気にしてほしい。

近隣の方にこんにちは、と挨拶したがかえってこなかった。寂しい。声が小さかったのか、明るさが足りなかったからか、タイミングが良くなかったのか、心がそんなにはいっていなかったのか、気になるものだ。自分も気をつけよう。
私は毎日一回は立ち食いそば店に立ち寄る。お客さんは黙々とそばやうどんを口に運んでいる。そんな中ときに「後ろを失礼します」や「おいしかったです」といった言葉を耳にする。私が幸せを感じる瞬間だ。

きょうふたついいことがあった。ひとつは血液検査の結果が思った以上に良かったのだ。初めての禁酒もあって嬉しいことだった。医師の先生から手渡されたその報告書はまるで幼少のころの通知表のようだった。先生の言葉と目にする数字にはそのときのそれなりの人生がかかっていた。
ふたつめは薬局で買い物をしたときのことだ。レジで領収書をお願いした。すると六十代くらいの白衣の女性がそれを私に差し出してくれた。そのときだった。彼女はそこに押した印鑑の朱肉を人差し指で拭ってくれたのだ。私には女神を見たような一瞬だった。

敬語。私は日本語の美しさのひとつだと思う。文化だとも思う。学生時代からしっかり遣えるようにしたい。また言葉だけで人を敬うのではなくて、相手を尊敬し愛し気遣うことからのものだと思う。粗雑な対応になっていないか、自分のことで精一杯になっていないか、いまの自分には自分しか見えない状態だと本当の意味での敬語は遣えない。敬語を遣うのは大変なのだ。

ここ数日の暖かさで目黒川の桜の蕾も冬のさわやかな朝に毛布の中でのびをする少女のように見えた。淡いピンクのパジャマの裾が少し早い春を告げていた。

おとといきのうきょうと卒業式が続いている。生徒も各大学の式典に袴などで出席している。その写真も携帯のメールで見られる時代なのだ。「卒業」という言葉。何となく寂しい語感がする。それは「卒」が「おわる」や「なくなる」の意味だからか、音の響きからか、そう感じるのだ。しかしだからこそ明るい始まりや生きていることの意義をこの機会に実感すべきなのだろう。過去を卒業し、いまを大切に精一杯生きたい。

本当に大切な言葉は一言なのかもしれない。あまりに直接すぎたり説明不足になったりするのを恐れて、つい言葉を連ねてしまう。でも大事なのは一言にこめられる思いなのだ。大空から星を見つけられるよう、輝く言葉に気づける愛や夢を持ち続けたい。

目黒川の桜が五分咲きになった。養分の関係なのか日の当たり方なのか。ひとつの桜の木でも早く咲く花と遅い花があるのだ。でもどちらも美しい。そしていずれ満開となって女神や天使のように人たちに元気や明るさを届けてくれるのだ。焦らず確かに夢を持って生きていきたい。

桜が六分から七分咲きくらいだ。ここ数日は目黒川まで毎日自転車を走らせ桜を眺めている。毎回同じところから同じ角度で携帯と一眼レフで写真を撮っている。その少しの変化に感動する。幼少時代のヒヤシンスや朝顔の観察日記が懐かしい。花や子供のように日々成長したいものである。

満開まであと一日二日というところだ。全体の中に隠れてはいるが、確かにまだ多くの蕾があるのだ。桜の木に近づくと生命のエネルギーを感じる。最後の花ひとつまで咲かせようという木の思いみたいなものが伝わってくるのだ。自分も生き生きできるのはその所為かもしれない。

桜が満開だ。あすあさっての土日の川の辺りは年に一度行われるステージのようなものだ。その集客力、客層の厚さ、感動。何をとっても最大級だ。しかしそのイベントが終わると声をかけるものは誰もいない。いつも変わらずさりげなく精一杯生きていきたい。

桜の花びらの色。ピンク、桃色、紅色、珊瑚色、とき色、ローズレッド、ストロベリー、桜色、ベビーピンク。しっくりするのはやはり桜色と、そしてベビーピンク。赤ちゃんの柔らかで汚れない頬の感じがぴったりだ。

2002年からアナウンサー受験を続けてきた女子生徒に内定がでた。六年越しの夢が叶ったのだ。小学一年生が中学生になるくらいの期間である。社会人、アルバイト生活とアナウンサー受験の両立。苦境の中での思いや努力の継続の結果だ。ワインとなる葡萄はやせた土地のほうがよく育つ。熟成された深みある言葉を耳にするのももうすぐだ。

きょう四月二日月曜日は本校卒業生の入社式が全国で行われている。夜は会などがあるのだろうか。今年は北海道から沖縄県までアナウンサーとして赴任した。郷土料理や方言を覚え、地域の人たちと絆をつくっていくのだ。話すよりも話して頂ける人でありたい。

きのうの入社式のことできょう全国からメールが届いた。皆さん心の温かい方で、会も二次会、三次会に及び帰宅が午前一時過ぎでした。明日お昼のニュースでデビューです、感慨深いですなどと嬉しい内容だった。私が安心した一日だ。

現在大学新四年生や自主留年した者、社会人がアナウンサー採用試験を受けている。入社式の頃でもそうなのである。最近は応募資格の幅が広い。そして受験は一年にわたるのだ。いい時代だと私は思う。社会人でも、また一年中機会があるのは嬉しいことだ。いつも精一杯生きねばならない。

きょう生徒からの電話連絡を逃した。内定の報告だった。おとといからずっと待っていたのに、無念だった。携帯を枕元に置き鳴れば早朝から飛び起き、シャワーのときも扉を開け食事もトイレも携帯に目をやっていた。なのに受けられなかったのだ。急な来客に応対するために携帯を机に忘れ席を立ってしまったのだ。あまりにも寂しい。やはり生徒の人生は私の人生そのものなのだ。

連日の内定の電話だった。きょうは受けることができた。幸運だった。学校に程近い病院の待合室だった。少しずれれば危うくまた逃すところだ。二日連続の苦しい思いが待ち受けていたのだ。本当に良かった。風邪もとびそうだ。奇しくもきのうと同じ県の放送局だった。一県二局連日内定。私の記憶にはない。とても素敵なことだ。きのうきょうで不思議にも思える。良いことが連鎖して皆幸福だ。

テレビ番組で天才といわれる棋士が才能について問われたときこのように話された。一時間でも二十年続けるのは才能だと思うのです。やはり天才といわれる日本人大リーガーは365日自宅でのマシントレーニングを欠かさないという。努力が日常、普通のことなのが天才といわれる人たちなのだ。

エレガントでスポーティーな女性。私が思う女性アナウンサー像だ。服飾の世界で上品、優雅でかつ活動的なものというのはあるのだろうか。放送の世界ではそんな人が理想に思える。敬語も完璧で立ち振る舞いに気遣いがあり早い。さりげなく精一杯なのだ。自分の理想でもある。

アメリカで英語中心の生活をしているOGの日本人女性がいる。彼女は帰国し店員に丁寧に応対されただけで気持ちがいいと話してくれた。英語は丁寧語や敬語の区別がないので、日本語の言い回しの持つ温かさに癒されるそうだ。私は仕事柄いわゆる学生言葉を聞くと疲れるくらいだ。美しいといわれる日本語。それを大切にして後世に伝え残していきたいものだ。

きょういつものように自転車で移動していると幼稚園の入園式をふたつ見かけた。火曜日なのに。やはり区切りがよいからか。桜が例年満開のころなのか。しかし桜に関係すると北国では式が遅くなってしまうわけである。そんなはずはない。でもそれだけ出会いとスタート、そしてそこには別れが存在することを教えてくれる花である。

初鳴き、新人アナウンサーの第一声のことだ。初泣きだと思っていた者もいた。きのう、きょうロケ地でその機会を持った卒業生からメールが届いた。「アナセミの先輩方が皆通ってきた道なので、私もしっかりとバトンをつなぎます」にようやく満開になったと、桜の写真が添えられていた。ロケ地で鳴く青い鳥、桜を眼下に大きく羽ばたいたことだろう。

言葉がぞんざいな者は意識が自分にだけ向いているのだろう。他人と係わらなくてもよいのだ。ひとりでいいのだ。気遣いはいらない。挨拶もいらない。自分のためだけに生きればよいのだ。でもひとりでは生きていけないのだ。

言葉は人を傷つけ悲しませるためにあるのではなく、元気づけるためにあるのだ。後ろ向きではなく前向きになれるように。夢や希望を持てるように。笑顔をひとつでも多くつくるために。みなが生きる勇気を持てるように。険しい道でも確かに歩んでいけるように。ひとりで涙を流さないように。心が折れないように。あきらめないように。くじけないように。まがらないように。安らぐように。優しくなれるように。決してひとりではないと思えるように。明るくなれるように。倒れないように。立ち直れるように。安心して寝られるように。多くの間違いを正すために。自分のために話すのではなく相手のために話すのだと思う。争いをとめ平和な世の中にするために。そして愛を語るために。

四月になり本校にも新入生が来校する。いつも大切にしたいこと。それは出会いをひとつひとつ奇跡と感じること。その尊い機会に感謝し生涯いつどんなときも相手を愛していけること。決して自ら疎遠にならないこと。幸せな人生や世の中は全てそこからつくられる、そう感じている。

昨夜学校のパソコンにメールが届いた。「取材にもたくさん出かけ、毎日の素敵な出会いに感謝する日々です。そして、なんて楽しい仕事なんだろうと本当に毎日感動しています。やさしく明るい仲間に恵まれて楽しさも倍増しています。もちろんへこむこともありますが、泣きそうになったら、いっつも心の中で『明るく心をもって一生懸命』と唱えて元気を取り戻しています」。この春からアナウンサーになった卒業生の女性だ。2001年3月に関西の大学を卒業。アナウンサーを志したのは高校受験のころ、1993年の冬だ。大学卒業後六年、十四年越しの夢を叶えたのである。初出社の翌日、話題の県知事の取材もした。涙は幸福への架け橋。その数だけ幸せになると私は信じている。

最近映画館で映画をみていない。三、四年くらい前の「シービスケット」(調べたら2003年ロードショーだった。時の流れははやい)が最後だろう。浪人中や学生時代は場末のいわゆる名画座で二本立て(ふたつの映画が観られた)のものに足繁く通っていた。いつも混んでいて空気も悪く座席もデコボコで硬い。満席だとごみ箱から新聞を拾い館内の階段や地べたに座ったものだ。映写機の光の道に紫煙が浮かんだり、館それぞれにその匂いがあったりもした。映像も晴れでも雨のような風景。フィルムが回る音が耳に残った。体、五感で感じるのが映画だったのだ。感性磨いてないなと、ふと思った。

心が品物だとしたらスポンジだろうか。適度の潤いが必要だ。乾いたままだと人や物をきれいにはできない。あまり役にも立たないのだ。そしていつもひとりだ。心を潤す。人や物、本や映画、演劇やスポーツ、落語や音楽、ミュージカルやオペラ、絵画にバレエ。生きること。精一杯生きること。夢や希望を持ち生きること。そこに涙があったら人のためにも生きられる。

昔ある女性が指輪をなくしたと落ち込んでいたのを目にした。それは確かお母様かおばあちゃまのものだった。記憶が薄い。私は渋谷、新宿、池袋、銀座と、見たか聞いたかの色や材質、かたちのものを探し求めた。結局デパートや貴金属店にはなかった。そこで考えた末、卸問屋に足を運ぶことにした。インターネットがない時代になぜそんなところを見つけられたのか疑問である。たぶん御徒町だったと思う。街が宝飾問屋だらけなのである。それを片っ端からひとつひとつ回ったのだ。シルバーで表面がゴワゴワした感じの小さいハートがついているものだった。なぜか鮮明に思い出した。私としては同じものを探し出すつもりだったのだが、無情にもなかった。必死だったので時も忘れ足の存在だけ確かになった。妥協せざるを得ない。近いものくらいだった。結局それを渡す前日どこかに置き忘れ呆然ともした。何かの贈り物を頂くとき、いつも深く感謝している。

話す相手がいる。とても幸せなことだ。部屋に寝ている猫もそうだ。相手になってくれることもあるだろう。独り言は辛い。聞いてくれる人がいて、答えてくれる人がいたら、幸福な人生だ。

自分のことで泣いてくれた人がいた。自分が泣けない代わりに。心まで代わって、その辛い思いを受け持ってくれたのだ。ありがとうございました。

生きていくことで心が汚れていったら悲しいことだ。純粋な人が生きづらい世の中では心が荒む。弱者が気遣う社会には矛盾を感じる。人を軽んずる人間より愛する人が幸せになれる。そんな世界にしたいものだ。

大切なことは自分を見失ないことだ。謙虚さは自分を無にすることではない。自分の至らなさに目を背けず成長していくことだ。生きているということと生きていく、生きていかれるということをいつも実感していたい。自分の信じた道を信じたい。足元だけでなく遠くも見て歩みたい。いろんな人がいることを知り尊敬できる人を励みにしたい。人を気にするより自分を見つめたい。愛されるより愛したい。それには勇気や強さが必要だ。どんなときも理想を持ち続けたい。それは決して恥ずかしいことではない。すぐに結果がでないものを大切にしたい。揺るぎない真の力や夢を得る努力の継続。そうできることに幸せを感じるのだ。眠りにつけ、目覚めたことを感謝したい。だからきょうを、いまを精一杯生きる。涙はその証しである。
追伸 お元気ですか。

遠くへ跳ぶためには遠くのものを見詰めないと跳べない。目先のものではだめだ。不安や恐怖があっても強く踏み切るのだ。

太陽より明るい星。その明るさは太陽の4000万倍だそうだ。肉眼では見えない。地球から45000光年の距離にあるからだ。でもいつも存在している。離れていてもいつか輝く人と出会いたい。

私は辛いことや悲しいこと、苦しいことでは泣けない。なぜかそうなのだ。周りの人に負担をかけたくないのと自分に強くあらねばという思いからだ。でも映画や本、ドラマなどではよく泣く。そばに人がいてもそうだ。泣く。よく分からないのだ。

きょう私は幸せだ。いま社会人三年目、お父様の介護に生きて一時はアナウンサー受験を見送った男子生徒、一留年してそして卒業後もアナウンスセミナーの近くの薬局で働きながら受験を続けていた男子生徒がともに内定したからだ。同じ放送局の内定だった。夢は叶えるためにあるのだ。夢は貴い。私も精一杯生きてきてよかった。感激だ。

部屋の窓をふたつ開けると風が流れる。思いのほか気持ちよく体も洗われるようだ。心も多く開くべきなのだ。

きょうの中目黒は突然の夕立に雷。雷の音を聞くとなぜか幼少時代を思い出す。当然のことながら昔から何ら変わらない音だからか、心の底に何かの思い出があるからか。郷愁を感じたりもする。不思議な感覚に陥るのだ。

いわゆる大手企業に内定した生徒からメールが届いた。「お久しぶりです。就職が決まりました。自分を必要としてくれる会社、そして自分が一番輝ける会社に出会うことができました。一般企業の面接を受ける時も『明るく心をもって一生懸命』という気持ちをいつも大切にしてきました。内定先では『明るく前向きな姿勢と高いコミュニケーション能力』が評価されたそうです。本当に感謝しています。アナセミの皆さんとは違う道を歩みますが、これが私なりの『人のために生きる』方法です」。仕事をする。生きる。道が違えど同じなのだ。心はきょうの青空になれた。

笑顔。それだけで人が元気になり明るい気持ちになる。不思議だ。見た目には口角が上がって歯が見え目が細くなっただけである。どうしてだろう。人は幸せな姿に接すると幸せな思いになれるのだろうか。本来人は性善。そして笑顔は伝染するのだ。一日一回は笑顔になりたい。

午後五時になるとどこからか音楽が流れる。八年くらい前、ここ中目黒に学校をつくったときすでにそうだった。何の曲かは分からない。かなり古そうなスピーカーの音だ。ときどき石やボールなどもぶつけられたりもした。くすんだグレーでところどころに錆が浮かび僅かながら歪んでいる。そんな感じだ。音も時代とともにくすんだのだ。でも哀愁や郷愁は増した。セピアのレンズで街を歩いてみたい。

ゴールデンウィークで卒業生に会えるのが嬉しい。上京する新人アナウンサーも多い。ひと月なのに社会人らしくなっている。顔や振る舞いにいい意味での緊張感があるのだ。誰かを守っているというような。愛すべき人が増えるのが社会人なのだ。私はそう思う。

春。毎年多くの出会いがある。私が思う人間関係。決して無理をしない。自分を酷く責めない。いろんな価値観の人が存在するからだ。自分だけ愛している人がいる。でもいずれ気づくだろう。愛されていないと。自分は力を得たと勘違いしている人がいる。すでに成長はない。いつどんなときも謙虚でありたい。地位や名誉を気にしている人がいる。失ったとき、初めてひとりだと分かる。そして生きる意義を知る。周りを気遣えない人がいる。「人間」を愛したことがないからだ。愛されることもない。他人のことが気になる人がいる。自分の人生を愛すべきだ。生きるのは自分の人生だから。そして人や社会に貢献しよう。人は人のために生まれたのだ。この世にひとりでは生きていこうとは思えない。「ご無沙汰しました」を避けよう。人は生かされている。人の絆によって生きていける。出会えたひとりを愛し大切にしたい。

愛されるアナウンサーになりたい。少なくない。でもひとりひとりを心から愛していける人、そんな人にアナウンサーになってほしい。自分のことで精一杯だと人を愛せない。人より少しだけ強さや幅、深みがいる。ヒーローのハートも必要なのだ。

休みで学校や居酒屋(第二事務所?)に顔を出すOBOGが多い。遠方の卒業生も少なくない。嬉しいことだ。その帰り際、私は生徒とともに言う。いってらっしゃいと。またお帰りなさいとみなで迎える。そんな場所を守り大切にしたい。

きのうから雨だ。降らないと問題だが、雨は苦手なもののひとつだ。視界に薄いグレーのカーテンをつけられたようで未来が見にくい。パワーも落ちてしまうのだ。てるてるぼうずはヒーローなのだ。

ひるどきに決まって顔を覗かせる女性がいる。一階の窓を開け通りを眺めている七十代くらいの人だ。その通りは商店街で食事に出たサラリーマンやOLを始め多くの人で賑わっている。食事時は人が動くのだ。町も元気だ。元気も伝染するのだ。

道端や店先に花を見つけたら携帯のカメラで撮影する。私のささやかな楽しみだ。名前の分かるものは暗記する。しかし本当に沢山ある。星の数ほどといった感じだ。色も形もさまざま。みな愛らしい。見つめると明るい気持ちになれる。道を歩くだけで手にはいる幸せなのだ。

社会人で大学院に通っている男性から聞いた。映画に関する講座でのことだ。講師が映画監督。教室にはスクリーン。授業開始と終了のとき、監督はスクリーンに手を振ったそうだ。山口百恵さんのラストコンサートを思い起こした。最後の曲のあと彼女は白いマイクを大切そうにステージに置いたのだ。プロなのだ。生業としているものを愛している。私は居酒屋に手を合わせよう。

与える。学生でその言葉を遣う者が多い。与えるは、物を目下の相手にやるなど、してやるの意になる。感動を与える。元気を与える。明るさを与える。勇気を与える。謙虚に言葉を遣いたいものだ。

町を歩くと母の日の贈り物が目につく。以前ならカーネーション。いまは数々の花にバッグ、健康グッズとさまざま。どうしようと思っていると、母からの電話。お金使わないように、と。愛情にはいつも敵わない。そして速さも必要だ。

あしたは見えるものではなく、心に描くもの。あしたを不安に思うのではなく、あしたに夢を持つ。夢を持てること、そして夢を追えることを幸せに思う。多くの人の愛や支えはあなただからある。ときには人のために自信を持つ。あしたが雨でも上がらない雨はない。雨があるから晴れた日を知れる。雨が長く続けば続くほど空の青さが眩しい。ひたむきに生きたい。

きょうは母の日。突然思い出した。子供のころのことだ。母の日に少ないお金を持って歩き回ったことがあった。結局化粧品を扱う店に入った。何を買ったのか。安価なコンパクトかパフだ。匂い以外の記憶が薄い。恥ずかしかった。以来化粧品売り場は苦手だ。

新人女性アナウンサーからメールが届いた。視聴者の方から「新人アナの頑張りをみて、自分も頑張ろうと思いました」という感想をもらいました。嬉しくて嬉しくて……、アナウンサーって素敵な職業ですね。一人でも笑顔になり、幸せを伝えられたらと心から感じます、と。そんな卒業生の話。今度は私も頑張ろうと思った。頑張りも伝染するのだ。

愚痴を口にしないと幸せになる、という言葉があるそうだ。愚痴。言ってもかいのないことを言って、なげくこと。やはり言わないほうがよさそうだ。

アナウンサーを目指す、アナウンサーとして生きるということは、人としてどう生きねばどうあらねばと自分の理想を追い求めることだ。謙虚で愛や心があって人のために生きられる人、命さえ懸けられる人。そんな人に近づく努力や生き方をすることだと思う。自分の知名度や利益、自分が愛されることを願っている人物にその資格はないだろう。「人として」「人のために」。とても大切なことなのだ。「自分のために」生きる。いずれひとりになりその悲しさや愚かさ、無意味さに涙することだろう。人は人の笑顔をつくるために生まれたのだと思う。愛する人の笑顔。それで生きていける。

耳を澄ますと心が落ち着く。神経を耳に集めているからか。心が開放される。心を澄ます。いろいろのよけいな考えをなくすことだ。よけいなもの、はいらないものなのだ。

全力で走る。ゆっくり走る。ときには歩く。心まで痛めないように。

セピアがかった写真。自分の満足気な笑顔。そしてひたいを伝わる汗。汚れた日記。自分の心の叫び。そして青くにじんだ字。古びたビデオテープ。自分の前向きな言葉。そして明るい涙声。振り返るといつも昔の自分に励まされる。そばにいてくれた人に感謝し、以前の自分に応えるために、精一杯いまを生きる。

大丈夫。魔法の言葉だ。心配ない。まちがいない。うまく行く。

いま幸せを感じていなければ幸せではない。いま頑張っていなければ頑張っていない。いま夢がなければ悲しい。

社会人クラスの男子生徒が今朝、私の自宅から宮古島へ羽ばたいた。十一年と二ヶ月の東京生活だった。きのう深夜に無事引越しを終え、居酒屋で「羽ばたきの会」を行った。サーフボードを積んだ車の中は布団などの荷物でぎっしり。段ボール箱のようだった。何年分かの夢、周りで支えてくれた人の愛。その重さも加わってスピードもにぶることだろう。アナウンスセミナーの正面の駐車場を出発し愛知県の実家に立ち寄り、車とともに大阪から船に乗る。宮古島到着はみっつの夜を越え、夜が明けかけた早朝。そのときから彼は「宮古の太陽」となる。島民のために生きて愛や希望、夢を伝えていくのだ。アナウンサーは言葉を伝える人の数で、その重さや深さが変わるわけではない。どんなときもひとりの人に向け言葉を放つのだ。その人を愛し、その人のために泣き笑い怒り生き、その人のために人生を懸ける。彼の優しい気持ちが連鎖して、より優しい島になると信じている。心の距離は近い。見上げた青い空は絆でつながっている。思いはすべてを越える。いつもそばにいて見守りたい。

口が過ぎる。ちょっとそれは、と思うことがある。概して本人には意識がない。自分本位なのだ。気がつかないまま人生が過ぎ行くのはあまりに不幸だ。人が離れひとりになる。口にする前に少し考える。小さな声に耳を傾ける。相手のことを思う。考える、聞く、思う。子供のころに習ったことだ。

壮行会が続いた。六月から勤務の卒業生が三人いたからだ。みなすでに大学を卒業している。会社員やアルバイトをしながらの受験だった。夢を叶えたのだ。そのひとりが口にした。まだ夢は叶えていない。私の夢は視聴者に信頼されるアナウンサーになること。夢は叶うだろう。

話す。相手を思う。愛する。会話。思い合う。愛し合う。世界は平和だ。

きょう午前四時半宮古島を目指した男子生徒が無事島に到着した。三日前の深夜大阪南港を車や荷物とともに出港。船は途中沖縄本島に立ち寄り最終目的地が台湾。三泊四日の引越しだった。この青い空の下、私の人生が始まる。この島を駆け回り人と出会って島とともに生きたい。彼は明るい声でそう言った。私も頑張らねばと思った。

きのうの引越しはヤモリに部屋で迎えられた。現在室温は二十八度。マンションの部屋の柱には温度計が備え付けられてあった。明日は初出社。荷物の整理をしながら期待と不安が入り交じる。社会人経験があっても気分は新卒。いままでお世話になった方のためにも自分が一生懸命やることで思いを返していきたい。そう彼は話した。南にエールをおくった。

口が重い人。そんな人が時とともに増えているように思える。人と一緒に生きているという思いがないのだろうか。客の言動に愛がない。レンタルショップの店員が言った。日本はどこへ行き着くのだろうか。言葉や絆を守り平和を育む。そんな話し手を送り出したい。

一日目の勤務が終わり(あいさつまわりだけでしたが……)、いまから放送部が行ってくださる歓迎会です。職場からかりゆしウエアをプレゼントでいただいたので、それを着て会に参加します。皆さんの心遣いを感じます。宮古島の卒業生からきのうメールが届いた。文面から明るさや元気さを感じた。人との出会いが生きる力。素敵な出会いに乾杯。

元気。心やからだの活動のもとになると考えられる力。友人。家族。本。芸術。スポーツ。言葉。笑顔……。

努力していますと言う人は努力していない。頑張っていますと口にする人は頑張っていない。誰にも負けたくないと思う人は既に負けている。

感じ。そのものから受けて、心に感じたもの。感じが悪い。心がそう感じたのだ。そのものを見つめ直さねばならない。

きょう一期生の女性アナウンサーがひとつの夢を実現した。本人が提案、企画した朗読教室、講座の開講が決まった。話すことで社会貢献したい、という願いが叶ったのだ。私の夢は日本がいまより少し平和になること。ひとりでも多くの人が夢を持てる。幸せで笑顔でいられる。そんな一助に卒業生がなることだ。アナウンサーという仕事は愛されるためになるのではなく、ひとりでも多くの人を愛するために就くものだ。私も自分のためでなく人のために生きていきたい。 

有名になりたい。その思いは寂しさからか。自己顕示欲か。生きた証しを残したいからか。空しい。

挨拶。人とあったり別れたりするときに、尊敬やしたしみの気持ちを態度にあらわすこと。また、そういうときのことば。気持ちがなければ挨拶ではないのだ。

よいこと。よくないこと。よくないことのほうに敏感だ。幸せになるためにはよいことに鈍感ではだめなのだ。

いくつもの眠れない夜を過ごし、涙とともにあった夜行列車。途中下車することもままならない。どこに到着するかも分からない。その終着駅は地元、山梨だった。きょう八期生の女性がアナウンサー内定した。本当によかった。

自分のことのほうが大切。相手がそう思っているときはなぜか分かる。電話で相手にお辞儀をしている人。気持ちは自然に表れる。思いは裏切らない。

遣うは、へらしてなくす。使うは、自分のためにはたらかせる。目的のために用いる。気や言葉は、遣うのだ。

愛。損得ぬきで相手につくそうとする気持ち。損得ぬきなのだ。

遠く離れていますが、メールを頂くたびに先生やアナセミ、居酒屋を近くに感じることができます。私はまだ研修中のため、番組の準備をしたりプレゼントクイズを考えたり、番組終了後のたくさんのプレゼント応募の電話に対応したりしています。日々実感するのは局は地域と共に生き、そして社員全員が社会的使命感を持って仕事をしているということです。甘えはなく、厳しく、楽しく、生き生きと皆が仕事をしています。私にはまだ放送人としての自覚が足りないと反省する毎日です。「向き不向きより前向き」をいつも心に描き、昨日より今日、今日より明日と思って、毎日過ごしています。デビューは七月頃の予定です。またご報告いたします。宮古島から久しぶりにメールが届いた。心が近い。進歩は遠くの人を近づけ近くの人を遠ざけた。

香り。不思議だ。目に見えなくても存在感がある。心を動かすものがある。そのメッセージを感じとることもできる。それぞれにそこに係わった人の生き様もある。ワインのテイスティングでは鍛錬で嗅覚が驚くほど伸びるそうだ。目に見えないものを感じとれる力を身につけたいものだ。

社会人クラスの女性が先ほど内定した。感激だ。初めての授業が2004年11月17日。それからずっと一緒だったので思いも一緒だ。社会に貢献したい、人のために生きたいといつも言っていた彼女。北海道大学で養われた大志、そして企業総合職で培った企画力と行動力。そのすべてを生かす。心や愛、努力や人間性すべてがつながった。素敵なことだ。一生懸命生きていれば人生無駄なことはひとつもないのだ。尊い内定。きょう昼には同じく社会人の男性が内定した。一日でふたつの幸せ。素敵な人生に乾杯。

七期生の男性が内定した。連日の内定となった。二日で三人だ。本当によかった。とても嬉しい。彼は七期生の代表的存在。多くの東京キー局の最終試験に残り生徒を支えた。みな面接時の彼の受け答えを見て勉強した。きょうはそれだけでよかったと報告する生徒もいた。就職留年での受験。やはり放送が自分の生きる道、と私に語り常に前向きに受験した。私もずっと一緒という思いだった。素敵な局との出会いがあった。愛と夢に乾杯。

夢。将来そうでありたいと思う希望。はかないこと。現実からはなれた、あまい考え。いろいろあるが、一日一回は確認したい。

謙虚。自分にきびしくひかえめで、でしゃばらない。自分にきびしくあらねばならないのだ。

山をのぼる。山にのぼる。その違い。山をのぼっています、と山にのぼりました、過程と到達の違いだ。山をのぼりつづけたい。

駅前の蕎麦屋が閉店した。四代、七十二年続いた店だ。高架線の耐震工事のためだそうだ。毎年正月にお世話になったほどなのだが、ひどく寂しい。黄色い看板が気持ちも明るくしてくれていた。店先には、好きな品物お持ちくださいと、食器や時計。手にする通行人も多かった。店の命はどこかで続いていくのだろうか。

婚約したOGから携帯にメールが届いた。その最後の一文が、幸せになります、だった。素敵な言葉だ。周りの人も幸せになれそうだ。私もそんな思いで生きてみようと思った。

人間ひとりだと弱い。でも気づかない。ひとりにならないと。周りに人がいるうちに気づこう。

感激ノート。何かに感動したら記すノートだ。生きていて一日ひとつは記したい。

幸せ。することがうまく行って満足だと感じられること。何かしないといけないのだ。

愛知県の中学校。その修学旅行の分散学習で三年生五人が学校を訪れた。毎年いまの時期にはよく全国の中学生が足を運んでくれる。小さな教室なのにうれしい。将来アナウンサーというみなの夢が叶ってほしいものだ。修学旅行の貴重な合間に立ち寄ってくれた彼女たち。濃紺の制服が輝いていた。挨拶をしあって、まあお座りくださいと私。座らずに椅子の横に立って並ぶ彼女たち。中央の子がひとこと。私たちは蒲郡中学校から来ました。きょうはよろしくお願いします。続く声もみな明るく大きく、そろってお辞儀。これは地元の名産ですと、みかんを両手で、少し恥ずかしげに笑顔で差し出す彼女。カウンセリングのかたちで彼女たちを録画した。おさまった可愛い天気のDVDを大切そうにしてくれた。一時間という出会いだったが、すがすがしかった。帰り際、また挨拶をしあった。それでは気をつけてと私。玄関のところに立って横に並ぶ彼女たち。中央の子がひとこと。きょうは夢を追いかける先輩たちと一緒に勉強できました。私たちもこれから頑張ります。本当に有り難うございました。まるで黒い雲の隙間に青い空を見つけたようだった。敬語や気遣いがしっかりした平成生まれの中学生と接し安心したとともに、その大切さをあらためて感じた。大切なのは技術ではなく知力でもなく、人格なのだ。いつも謙虚でありたい。

携帯電話で撮れる写真。生徒がよく私の携帯に送ってくれる。試験終わりました。いま電車です。もうすぐ瀬戸大橋を渡ります。添えられた車内や瀬戸内海の写真。ともに受験をしているようだ。試験情報を私のほうから送ることも多い。テレビつきの電話。地方局受験ではその土地の番組が自在に見られる。携帯はアナウンサー受験の神器だ。

誰にも負けない。あまり聞きたくない言葉だ。でも多く耳にする。人と比べることで自分を判断しているのだろうか。理想の自分との戦いでありたいものだ。

悲しいとき。ひとりは辛い。ひとりじゃない、と思える人がいたら幸せだ。

きのうカウンセリングを終え夕方からきょう午前中まで合宿だった。ここ最近は年間二回、箱根で行っている。今回は私も含め四十一人の参加者だった。深夜のカラオケでは最後全員が肩を組んでひとつの輪になった。形通り心もひとつになって、生きているという気がした。

先日分散学習で来校した中学生から手紙が届いた。五人それぞれからの礼状だった。来校時は修学旅行の途中だったので帰ってすぐ投函したかたちだ。まず気遣いと対応の早さに感激した。そしてその内容。それぞれに時候の挨拶があった。先日の「中央の子」の末文は「心のある話し手、人の心の痛みが分かる話し手」になることは私にはまだ遠いことですが、これから努力していきたいです、と綴られていた。彼女たちがいたのは一時間にも満たないくらいだったのだ。そしてその場所で私は、心のある話し手……という私の学校の理念を一言も話していないのだ。しかし彼女は気づいてくれた。思いや願いが年齢や環境、時を越えてつながった気がした。そして未来の姿に幸せを感じたのだ。

出会い。すべての条件がそろったときに起こるものだ。私はひとつの奇跡だと思う。人生を懸けて大切にしたい。

いま生きていることを幸せに思いたい。辛いことや悲しいことがあっても、いま生きていることを幸せに思いたい。失敗や挫折があっても、いま生きていることを幸せに思いたい。そして生きていることを大切にしたい。

愛。瞬間自分の命と引き換えられるもの。私はそう思う。

幸せはいつもそこにある。ここにもある。あそこにもある。

愛や心。正義や理想。かたちになっていないものをかたちにできたら幸せだ。

時を忘れ話し合える人がひとりいればうれしい。そんな人がいつもそばにいたら幸せだ。

時間を考えず話ができる人がいたら幸せだ。またそう考えてもらえる人がいたらさらに幸せだ。

その人の笑顔を見るととても幸せな気持ちになる。そんな人といつもいられたら幸せだ。

分かり合える。そんな瞬間はとても幸せだ。

きょうは七夕。女子生徒何人かがスーパーから笹、折り紙、凧糸を買って来てくれた。折り紙にパンチで穴を開け凧糸を通して笹にかけた。みな真剣だった。結局願いごとは一緒だった。

一日一回会話をしながら食事ができたら幸せだ。

出会えてよかったと思える人がひとりいれば幸せだ。

夢をひとつ持てることに感謝し、それを幸せに思い大切にしたい。

そのとき必要だったその言葉をそのとき言ってくれる人がいたら幸せだ。

電話をしようとしていてその人から電話があると少し寂しい。電話をして、電話しようとしていたところと言われると幸せを感じる。

尊敬できる人と出会えると、その日一日幸せだ。そんな人に近づけるよう日々努力したい。

愛するということに限界はないと思う。愛している自分を愛したくはない。愛している自分に気づかず人を愛せたら幸せだ。

心の扉を開けられるキーワード。人それぞれのその言葉を持てたら幸せだ。

ひとつの電話、ひとつのメール、ひとつの言葉で一日が変わり人生が変わる。人がいまより少しだけ幸せになれる。そんな言葉を放てたら幸せだ。

自分でも忘れていた自分のことを覚えていてくれた。そんな人がいたら幸せだ。

こんなに素敵な人。そんな人たちと同じ時代に生きられた。それが奇跡であり幸せである。

「久しぶり」「元気だった?」そんな会話を耳にするととても幸せな気持ちになる。

心が痛いとき、自分のために祈ってくれる人がいる。幸せなことだ。

本当の幸せはそれがなくなったとき初めて気づくのかもしれない。なくなる前に気づいて大切にしたい。

心がつながった。そんな瞬間はとても幸せだ。体がひとつに、力がふたつになったような気がするのだ。

伝えたいこと。伝えたい思い。それを伝えるにはとてもエネルギーがいる。でも伝わるととても幸せなのだ。

人を深く愛すると、その思いは愛しているという言葉ではとても表現できない。それを超える言葉が生まれたら幸せだ。そしてそれを放てる相手がいたらさらに幸せだ。

きょうの幸せを数えてみよう。健康、ひとつ。愛する人がいる、ふたつ。夢がある、みっつ。

朝、目覚めることに喜びと幸せを感じていたい。

心がひどく痛むとき、メールが届いた。まるでそばにいるかのように言葉をかけてくれた。

目を見て話せることに幸せを感じていたい。

言葉。こ、と、ば。それには天使の羽があるようだ。

自分を一瞬でも思い出してくれる人がいる。それだけで生きていける。

誰かのことで動けることが何よりうれしい。生きている。

あしたがきてくれて、きょうになった。あしたがきてくれたことに感謝し、いまを生きる。

近くにいても心は遠い。遠くにいても心が近い。心は人へとび、どこまでもとぶ。

早く出会っていればとか、遅くに生まれていればとか思うことはあるが、いまの出会いを命のように思いたい。

理由なき愛。素敵な言葉だ。心が透明になっていくようだ。

いまは見つけられる。

いま一緒にいられるとき。それを、いましかないと思い、いま大切にし、いま幸せを感じていたい。

瞳に映る世界。永遠の命や無限の世界をそこに感じる。見つめられる幸せを感じていたい。いま生きている。

言葉を放つことで命が得られる。心が潤う。安心する。勇気がでる。元気がでる。明るくなれる。立ち直れる。生きられる。

言葉。思い。思いの強さと言葉の重さ。その絆が命を生む。

生きている。生きていく。生きていく。

扉の向こうには幸せな世界が広がっている。そういつも信じ扉を開けつづけたい。

涙。それは心の言葉。それぞれのその思いを感じたい。

誕生日。母親と電話で話した。こんなことが永遠に続けばと思った。

言葉の温度。体温くらいがよいのかもしれない。相手の心にすっと入る言葉を遣いたい。

戦争を強く感じ、平和を祈り、命を大切に生きていきたい。

いま。一秒後は過去。いまを生きる。

デジタルビデオカメラで花火大会を目にした。デジタルと花火。愛があった。

相手をよく見て感じて心をつなげたい。

きょうの夢を持ち、生きる。

最近は目をよく見て話すようにしている。相手の気持ちが前より分かりそうだった。いつも精一杯人に対したい。

毎日を記念日と思い、生きる。

きょうが最後の日だと思い、生きる。

おはよう。挨拶ができる人がいることに幸せを感じていたい。

お会いできて光栄です。その道のプロフェッショナルといわれる女性が来校され、帰り際に生徒に口にした言葉だ。幸せな気持ちになった。

そのものがあるとき、その人がいるとき、その存在の重さに気づいていたい。

おかえりなさい。私は一人暮らしなので、いわれることはあまりない。おかえりなさい。愛があり安らぐ言葉だ。

他人事にせず、その人になって考えられる人になりたい。

いま命を懸けたい。

自分の心といつも向き合っていたい。

幸せに気づけるように謙虚でありたい。

知り合えた人ひとりひとり、そしてそのひとつひとつの言葉を大切にしたい。

思い出をおき、新しく思い出をつくれるよう前を見て精一杯生きる。

秋を感じつつ、心を透明に近づけ、自分の心を知りたい。

声。心の水面に波紋が広がる。

心は胸のところにないのに、胸が苦しいのはなぜだろう。

明日を願い、いまを生きる。明日を思い、いまを生きる。明日を信じ、いまを生きる。

何もないことが幸せなこともある。

ないものを求めるより、あるものの大切さを深く感じたい。

信じるということは、人をその弱さとともに愛するということなのだろう。

いまできることを見つけ、いまできるようにしたい。

生きる力を持つには思いや願い、愛が必要だ。

相手を受け入れられるだけ大きくなりたい。自分が小さいとだめなのだ。

どんな夢でも持つことで生きていることに意味を持てる。

明るく生きないと幸運が訪れないようだ。

人のために初めて命を感じる。

なくなるものを恐れては、あるものを大切にできない。

幸せだと思うと幸せだ。

相手を思う。そのために生きる。気づかずに愛せる。

敬老の日のきのう。女生徒が封筒を手にしていた。それには小さなひまわりがたくさん描かれていた。尋ねると、「祖母に送る手紙です。以前、私からの手紙を大事そうにしているのを目にしたのです」。メールにはない手紙の重さを感じるとともに、その分の愛の重さに心が動いた。

パズルの残りのひとつのピースになれたら幸せだ。

夢。生きる力だ。

分かっていても、変わらない謙虚な姿勢に感激し、一日が幸せだ。

尊敬できる人と出会うと生きていける。

どんな平和なときでも心配してくれる母親の愛情は深い。

突き抜けている人はやはり謙虚な方であった。

愛のある言葉には癒やされる。いつもそんな言葉を放てたら幸せだ。

心の言葉に正直に生きたい。

何もないことがとても幸せなこともある。

いま痛みがないことはとても幸せなことである。

卒業生からメールが届いた。近況報告ではあったが、元気と勇気をもらえた。いつも言葉を大切にしたい。

悩みの多くは世界中の人に共通していると思うと少しは救われる。

八年前のきょう学校を設立できた。学校とともに生きていられて幸せだ。

毎日を記念日にできるよう、いまを生きる。

涙を流せることは幸せなことだ。

ふつうとは思わず、とても幸せだと思う。

限られた時間なら、人を大切にしている人のために生きたい。

きょうは八周年会を生徒が企画してくれた。八年。より人を命と思えるようになった。

きのうは人の絆で生きていられることを、また実感した。

幸せと思えば幸せだ。

当然なことだとは思わずひとつひとつ大切にしたい。

生きる勇気や元気を得られる。そんな言葉をつかまえられる心でいたい。

人がいて、ある。

命のように言葉に触れたい。

心が前を向くのは夢があるからだ。

夢には大きさはないと思う。

悲しみにも大きさはないと思う。

できれば人に迷惑をかけず生きていきたい。

負担をかけない愛情を持てたら幸せだ。

いまなら死んでもいいと思える生き方をいつもしていたい。

言葉を生むこと、その言葉が愛する人の力になる、生きていることを感じられる瞬間だ。

何のために生まれてきたのか。少なくともひとりの人のために生まれてきた。

何でも試してみたい。

心が折れないよう、人を愛す。

夢がひとつあれば生きていける。

いまできるひとつひとつのことに幸せを感じたい。

旅をしている思いで、きょうを、いまを生きる。

自分のために、人のために生きないようにしたい。

人のために生きるとき、その人にそれを気づかれないのが理想かもしれない。

いまあるものにいつも感謝していたい。

生きていることの奇跡にいつも感謝していたい。

一日ひとつの笑顔に出会えれば幸せだ。

心がつながった感じはとても幸せだ。

体温をいつも感じて話したい。

お元気で、という言葉は愛があって、そして悲しい。

あとを考えず、いまを大切にしたい。

人を守ることが生きること。

命の奇跡を感じていたい。

明るい人の悲しみを感じとれる人でありたい。

いまそばにいる人のためにいつも精一杯生きたい。

初めてのときの気持ちを持ち続けたい。

人と気持ちがつながったとき。ようやく海に流れ出た川の水のようだ。

自分に負けない。

ひとつ辛いことがあったら、ひとつ新しいことを始める。

きょうは夕方から合宿だ。絆をつくりたい。

みなで手をつなぐことで絆を実感し、絆が深まった。

いろいろな人がいることを知りながら、理想の人を追い求めるために生きていきたい。

はっきりした夢を持つためにはしっかりした思いが必要だ。

いまできるひとつひとつのことにいつも感謝していたい。

ないものを悲しむ時間をあるものに使いたい。

人に恥ずかしくではなく、自分に恥ずかしくない生き方をしていきたい。

信じることで夢を持てる。

人は愛するために生き、生きるために愛している。

簡単にできたり、言えたりすることに大切なものがある。

諦めないのは生きる力だ。

仕事柄旅ができないので、普段歩かないところで自分を見つめている。

見えないところにいれば、百メートルも三万キロも変わらない。

メールをするときも、いまが一生、と思っている。

ありがとう、をいつも心から言える人でありたい。

一秒でできることを大切にしたい。

いま会っている、その時間を一生と思い、人と接したい。

いまからではなく、いまそのときを生きる。

思い。願い。生きたい。

ひとつひとつの言葉に命を感じていたい。

午前0時までの人生と思い、生きる。

出会いを奇跡と思い、人と接したい。

損とか得とかを考え生きたくはない。

心の向くほうへ歩いていたい。

具体的に生きたい。

後ろ向きに生きると幸運が逃げそうだ。

きょうが幸せであるよう、いまを全力で生きたい。

とにかく前向きに生きる。

明るく生きる。

いまと人を愛し生きたい。

人に迷惑をかけないよう、いつも相手を見つめていたい。

平坦な道の先にはきっと落胆がある。

夢を追うことはときに辛いけれど、夢を持てないことはもっと苦しい。

人に迷惑をかけず、夢を諦めずに生きたい。

生きることの意味を精一杯生きることで見つけたい。

自分のためには生きられない。

人を思うと力がでる。

愛すると信じるは似ている。

生きると夢見るは似ている。

明るい中では目立たず暗い夜には歩む人の足元を照らせる人になりたい。

人を責めず自分を見つめる。

心の中の元気を取り出す。

クリスマスイブ。みなが平和でありますように。

いいこともある。

自分の言葉に励まされるよう、前向きな言葉を書き続ける。

生きているならば明るく生きたい。

どんなときも夢を持ち生きたい。

求めず捧げる。

ともに生きる。

大晦日。今年も生きられて幸せでした。

2008年

いまを生きてきょうをつくる。

悩むといまを生きられない。

明るく生きる。

年末年始にほぼ一期生から九期生までのアナウンサーや生徒が学校を訪れた。発声練習をする多くのアナウンサーと生徒に触れてとても幸せな思いになった。

人が辛いときに、感じてそばにいられる人でありたい。

2006年からの女子生徒がきょう内定した。とても幸せだ。

幸せは幸せを呼ぶ。幸せな人とともに生きられる環境をつくりたい。

人にはいつも全人生で向かいたい。

命をいつも実感し精一杯生きる。

生きていることへの恩返しは前向きに生きること。

ひとつひとつの言葉に命をいれる。

いまそばにいる人を全力で愛する。

みなが夢を持てる詩がつくれたら幸せだ。

握手から力をもらえる。

生徒を全力で愛する。

信じてもらえるよう全力で生きる。

何でも続けることを大切にしたい。

信じることと夢を持つことは似ている。

心の声に耳を澄ます。

信じたことには精一杯生きる。

できる限りのことをする。

心が元気になる。人を愛し生きること。

行動のはやさが幸せを呼ぶ。

何とかしようと思わなければ、何もできない。

2002年からの女生徒がアナウンサー職で内定した。人生無駄なことは何もないと強く感じた。

人と心をつなげるにはひとことに命をいれる。

いま、夢を持つ。

笑顔の力を感じる。

愛すると言葉は生まれる。

本当に大切なことやものや人には気づかない。

自分が大変なときほど人を大切にしたい。

積み木のような、子供の頃の精一杯を大切にしたい。

分からないよう、人を愛する。

とにかく明るく生きる。

生きることの喜びを一秒一秒感じていたい。

心に言葉が届くよう、言葉に命を入れる。

大切なひとことを忘れずにいたい。

明日で変わるかもしれない。だから悔やまず、いまを生きる。

人たちの心の声に敏感でありたい。

あしたは目の前にある。

心の強さを持って、人を愛する。

いまの夢をいつも持ち生きる。

心は自分では見えない。

笑顔は心の天使の表情。

人を守れる人としての強さを持ちたい。

いま大切にしなければならないものに気づきたい。

心がかわかないように愛のあるものに触れていたい。

笑顔は人のためにある。

きょうは生徒ふたりの内定祝いがある。夢が叶ったときの涙は苦しみから生まれる真珠のようだ。

夢を叶えたふたりは仲間がいたからと口をそろえた。

誰かのためには、生きられる。

青色のような存在の人でありたい。

水たまりに映る青空のように、幸せは身近なところにあるのかもしれない。水が乾いてしまわないうちに気づきたい。

灰色も日差しがあたると光輝く。

だいじょうぶ、は魔法の言葉。

自分は二の次。

桜の花のようなアナウンサーを送り出したい。

きょうは三人の生徒のアナウンサー内定お祝いだ。やはり苦しみがなければ幸せはない。

また内定者が続いた。私にとっての何よりの幸せだ。

卒業生が全国へ羽ばたく季節が近づいている。うれしくて悲しい。

三月。花により幸せを感じる。どんなときも心に花を感じていたい。

ことばの色。赤、黒、水色。まざり合って命を生む。

一年前のきょう、この日記を始めた。きょう、いまを大切に生きたい。

きょうも生徒にアナウンサー内定者が出た。八日間で六人だ。内定は私の一番の幸せだ。

冬の桜には強さと優しさを感じる。

きょう遊歩道で今年初めて花の香りがした。命を感じる季節だ。

他人を守れる明るさを持ちたい。

人と会える、話せることの幸せをもっと感じたい。

一日ひとつ新しいことをしていきたい。

人を分かるために自分を理解したい。

きょうも春らしい暖かい一日だった。少し得をした気がした。

きょうは男子生徒がふたり同じ放送局に内定した。入社前から同僚が分かるのも素敵なことだ。

唇は天使の羽かもしれない。

青空のような言葉を持ちたい。

いつも人間を愛していたい。

心が枯れないように人を愛する。

忙しいときに人を感じ、人を見られ、人を気遣える人でありたい。

言葉に命の重さを感じていたい。

桜の蕾を目にし、命と強さ、崇高さとさりげなさを感じた。

東京の桜の開花予想日が三月二十七日から二十三日に早まったと耳にし、幸せを感じた。生徒が地方へ羽ばたく日だ。

距離ができても、心は離れない。そんな絆を大切にしたい。

きょうは七人の壮行会だ。みなが青い鳥になりますように。

駅で卒業生の地方勤務を見送った。背中を目にするのは少し悲しい。

桜が開花した。目にすると心が動く。過去を思い、いまを生きる。

人の絆をつくれる桜は時代とともに、その命を感じる。

血や性を超えた絆をつくりたい。

自分のことを考えないことで初めて人を愛せるのかもしれない。

桜が満開だ。目にする人たちがみな幸せそうで、その人たちを目にしても幸せだ。

桜は飾らず、美しい。

桜と雨。やはり桜に雨は似合わない。

散らずにいる桜を目にすると心動く。

桜。花びらひとつでもピンクの天使のように舞って人たちを幸せにします。

いまが当然と思うと不幸である。

感謝の気持ちを、いま、いま、と持ち続けたい。

明るさは強さであり、優しさであり、人を思う気持ちである。

相手を理解できる大きさを得たい。

散る桜に、来年までの成長を思った。

少ない言葉で思いを伝えたい。

いまをいつも明るく生きる。

一日一回は人と心をつなげる。

電話で母の元気な声を聞け、安心し元気になれた。本当に大切なものやことを大切にしたい。

一年少しお世話になっているクリーニング店。スーツのボタンがとれたことをいうと、つけてくださることになった。きょう一日幸せだった。

思われることより、思うことの大切さをいつも感じていたい。

桜は花が散っても、いつも桜だ。

心のパズルに、はまるピースを見つけたい。

町中で他人へのありがとうが聞けると幸せな思いになる。

都会は言葉が少ない。

心の架け橋になる言葉を放ちたい。

回り道ではなく幸せ街道。

ひとりでは喜べない。

ふたりなら大丈夫。

心は他人には見える。

愛することで存在できる。

忙しいときに笑顔でいたい。

自分から動いていきたい。

心を信じて、生きたい。

自分のよくないところに目を向けたい。

命のように言葉に対したい。

いまを信じ、あすを信じ、生きる。

話す相手の存在にいつも幸せを感じていたい。

すべてのことに感謝し、いまに幸せを感じて生きたい。

いつも明るい人は、他人を思える人だ。

最終試験で続けて不合格だった男子生徒がきょう内定した。悲しみがあって喜びがある。

笑顔の重さは量れない。

人に心配をかけずに生きる。

こいのぼりに込められた絆を思う。

辛いことは、強くなり、優しくなるための出来事。

嫌なことがあったら、新しいことを始めるきっかけとする。

幸せの基準値が高くならないよう、感性を磨きたい。

人といるとき、自分のすべてを懸ける。

いつも精一杯。

ひとりがそれぞれひとりを愛したら、平和な世界にならないだろうか。

こころを超えることばを放ちたい。

こころの空に虹をかけたい。

夢はひとりでは叶わない。

精一杯人を愛す。

ひとはひとりで生きていけるほど強くない。

声を聞くと元気になれる。精一杯ことばを聞きたい。 

人は自分を探すためにいつも旅をしている。

ひとは愛するために生まれてきた。

ひとは夢を見つけて歩き続ける。

挨拶、一言に命を入れる。

夢への扉を開け続けた者が夢を叶える。

自分の心の声に耳を澄ます。

幸せはどこにでもある。

待ち合わせの出会いのように、その瞬間をいつも新鮮な思いでいたい。

命を命で大切にしたい。

夢を持ち、愛して、生きたい。

前を向き、光を見つめ、生きる。

こころのことばを聞き取りたい。

こころとことばと笑顔はひとのためにある。

愛。生きるちから。

時の流れをはやく感じないよう、一日を精一杯生きる。

きょう、心が温かくなった。自転車の輪っかのような鍵がかかりにくくなっていたので、通りがかりの自転車屋の店先の男性に声をかけた。 「この鍵、かえられますか」と私。するとその男性は殺虫剤のスプレーのようなものを私の自転車の鍵穴に当てた。いとも簡単に鍵は直った。そして「代金は大丈夫です。鍵、もう少し使ってあげてくださいね」と。自転車をとても愛しているようだった。プロフェッショナルな生き方、思いに感激し、私の一日は幸せだった。

ひとの一生懸命な姿には、こころにエネルギーをもらえる。

一日にひとつはひとの幸せを生みたい。

ひとの幸せを生めると、とても幸せだ。一日幸福感でいっぱいだ。

ことばの四葉のクローバーを見つけたい。

幸せの羅針盤になれたら幸せだ。

幸せな場面にひとつでも多く立ち会いたい。

ひとの悲しい日のために、毎日連絡をし続けたい。

同じマンションの外国人男性が引っ越した。住人で一番挨拶を交わしていたので、とても悲しかった。別れはいつも辛い。

きょう女子生徒からのメールに感激した。先日地方局のアナウンサー採用の最終試験で残念な結果に終わった彼女の実家に手紙が届いたという旨だった。その手紙は受験した放送局からのもので、その通知の追伸として、貴方には周りを包み込む気品とモノを伝える無限の潜在能力があります、と書かれてあったそうだ。その言葉に感激した彼女を感じ、私も幸せな日になった。

学校に程近いお店の女性店長が別のお店に転勤されることになった。生徒の内定祝いの品を購入していたのだが、毎回自分のことのように喜んでくださった。別れは突然やってくる。

愛、あ、い、という響きには愛がある。

電話で家族の明るい声が聞ける。一番の幸せだ。

転勤される店長にお贈りするお花を、よく花束をお願いしているお店の女性店主に選んで頂いた。花でこころの絆ができた。

以前よく足を運んだ定食屋さんに店を閉めると張り紙があった。ひとつの出会いをいつも大切にしていたい。

どんなときも愛を忘れないように生きていたい。

いま、どこも痛くないのは、とても幸せなことだ。

生きるために夢をつくる。いまを幸せにするために夢をつくる。

ひとの悲しみを吸い取れるひとになりたい。

花はどこでも咲く。

夢は自分でつくる。夢を一日でも失わない。

きょうはこれから合宿。絆は命だ。

絆は感じるものではなく、感じ合うものだ。

雨はいのちをつくる。

枯れていた観葉植物を外に出していたら、一年くらいで緑の葉が出た。太陽と雨のいのちだ。

アナウンサー受験生のホームをつくりたい。

きょうは五年のアナウンサー受験の末に内定した女生徒のお祝いだ。念ずれば花開く。

きのうの内定お祝いは女性からのお花のプレゼントが多かった。人柄を表している。

こころを明るくするにはひとのために生きること。

三つ葉のクローバーを思いたい。

ことばはこころの使者だ。

一日が無事に終わることにいつも感謝していたい。

七月四日。自由ということの素晴らしさを感じたい。

ことばは神が授けてくれた天使だ。

一回呼吸した時間も大切にしたい。

七夕。短冊の願いごとがみないつも一緒だ。

一日の幸せを数えてみよう。自分には幸せは見えづらいのかもしれない。

自分を考えた分だけ、人を見失う。

会える幸せを感じていたい。

人間以外の多くのいのちも感じていたい。

人という名の花を咲かせる水のようなことばを放ちたい。

人たちのこころのベッドをつくれるようになりたい。

自宅のベランダに去年の夏の二匹の蝉が落ちていた。直接触れない自分に気づき、子供の頃との差は何なのだろうと思った。

いまが愛しい。

ことば。その重さや怖さを感じていたい。

ワインからできたインクとガラスのペンを頂いた。一文字にこころが入りそうだ。

いま幸せを感じたい。

人のためにもいつも明るくいたい。

人と人が分かり合うには愛がいつも必要だ。

人のこころの痛みを感じ、何か具体的に動ける人でありたい。

卒業生と三ヶ月ぶりくらいに会った。社会人の顔、言葉になっていて感激した。

いまが過ぎ去ることが悲しいくらい、いまを生きたい。

土用の丑の日のうなぎ。母と父、家族を思う。

イチゴなど、果物の色や形は太陽や大地が生んだいのちだ。

インクとペンで手紙を書ける幸せを知った。

美味しい、気持ちいい、日々幸せ。

毎日が記念日。

生。精一杯。

何事もなく一日を終えられることに感謝していたい。

明るさは人と自分を幸せにする。

人を守れる人になりたい。

昨夜入院した母親と電話で話した。いつも通り、ぴんぴんしてる、の一言。愛を感じた。

世界中のひとのこころへ届く、愛と平和のメールを送付したい。

一日で最も幸せなことはこころある人との出会いだ。

夢や勇気、元気を得られるのは、人との出会いだ。

いいことをどこまで幸せだと思えるかが大切だ。

久しぶりに布団をたたく音を聞き、幸せな思いになった。

誰かに守られていることと守らねばならないことを感じていたい。

ひとがいて生きていけることをひとにいつも感謝していたい。

ひとが夢を叶えることが私の夢。

二日前に内定のお祝いをした女生徒がカウンセリングに来校した。その重さを感じていて、彼女なら大丈夫だと思った。

オリンピック。汗は美しい。

きょうの誕生日には一期生からの卒業生が会を開いてくださり、幸せものだ。

昨日の会には九十五人の方が出席してくださり、地方の卒業生や多くの方から電報やメール、お花を頂き、幸せだと強く思った。また多くの出会いをつくれたことがうれしいことだった。

自分のそばにいる人たちが元気なことはとても幸せなことだ。

人と一緒にいる時間と離れたときの寂しさは比例する。

誰かのかわりになれるひとになりたい。

よい捉え方をすることは大切なことだ。

こころは複雑なことばのパズルのようで、こころが安定するぴったりのことばを探すのは難しい。

ひとことで人生は変わる。

だいじょうぶ、のことばの重さを日々感じている。

いま生きていることの幸せをいつも強く感じて生きたい。

風が心地よいだけでも幸せなことだ。

笑顔や強さやことばや力はひとのためにある。

人に生きる力が生まれることばを生涯探したい。

こころで考える。

家族の元気な声は幸せも運んでくれる。

雨上がりの町は洗濯物のようだ。

愛のないことばはことばではなく、愛があってことばになる。

信号機への落雷で電車が止まり、自転車の重さを知った。

できるときにする。

きょうは生徒ひとりの壮行会とひとりの内定祝いだ。うれしく寂しい。

人を守れる人になりたい。

永井譲治「オムレツの言葉」

アナセミでは、アナセミ生の間の情報交換や採用情報の提供、イベントの告知などの手段として
「オムレツメール」と名付けたメーリングリストを活用しています。
永井譲治は「オムレツメール」を通して、アナセミ生に様々なメッセージを残しました。
ここでは、「オムレツメールの言葉」として、永井譲治の「いまを生きる」軌跡をご紹介します。
なお、個人名・放送局名など、一部修正した部分があります。ご了承ください。

2007年

(初のオムレツメール)

初のオムレツメールです。あさって3月21日午後8時30分からアナウンスセミナーで贈る言葉、午後9時以降庄やさんで壮行会を行います。N放送にHさん、YテレビにYさん、CテレビにSさん、NテレビにSさん、S放送にSさんが赴任されます。私は喜びと寂しさが交錯していますが、皆さん本校卒業生は青い鳥のように羽ばたいてその土地その土地で人たちに愛と夢、勇気や元気を届けられると信じています。日本がいまより少し素敵な国になると幸せです。またあと2日でオムレツ7期から8期に移行します。1年以上、Sさん、本当にありがとうございました。皆のために、ひとりひとりの人生のためにとても貴重な時間を頂きました。心から感謝しています。

永井譲治

卒業生の皆さん。おはようございます。そしてご入社本当におめでとうございます。このメールをご覧になるのは社会人初めてのランチのころかもしれません。これから青い鳥のように人たちに愛と夢、勇気や元気を届けられる方になられるでしょう。でもそれは人として少し強くないとできないことです。焦らず見失わず遠くを見て大きく羽ばたいてください。どんなときも明るく心をもって一生懸命!いつもそばで見守っています。

永井譲治

こんばんは。生徒の皆さんへ。新入社員の皆さんは二週間お疲れさまでした。初めての職場、気遣うことが多かったことと思います。人生は三日三週間三ヶ月三年が節目だと思います。
きょう私が思ったことを書きます。

言葉は人を傷つけ悲しませるためにあるのではなく、元気づけるためにあるのだ。
後ろ向きではなく前向きになれるように。
夢や希望を持てるように。
笑顔をひとつでも多くつくるために。
みなが生きる勇気を持てるように。
険しい道でも確かに歩んでいけるように。
ひとりで涙を流さないように。
心が折れないように。
あきらめないように。
くじけないように。
まがらないように。
安らぐように。
優しくなれるように。
決してひとりではないと思えるように。
明るくなれるように。
倒れないように。
立ち直れるように。
安心して寝られるように。
多くの間違いを正すために。
自分のために話すのではなく相手のために話すのだと思う。
争いをとめ平和な世の中にするために。
そして愛を語るために。

以上です。どんなときも明るく心をもって一生懸命!頑張ってください。いつも見守っています。

永井譲治

生徒の皆さん。おはようございます。お目覚めはいかがですか。卒業生の方たちは入社三週間、お疲れさまでした。初めての慣れない職場でかなり気をつかわれた方も多いかと思います。大切なことは自分を見失ないことだと思います。謙虚さは自分を無にすることではない。自分の至らなさに目を背けず成長していける。生きているということと生きていく、生きていかれるということを実感する。自分の信じた道を信じる。目先だけでなく遠くを見る。いろんな人がいることを認識しつつ尊敬できる人を目標にする。人を気にするより自分を見つめる。愛されるより愛する。それには勇気や強さを身につける。どんなときも理想を持ち続ける。決してそれを恥じない。すぐに結果がでないものを大切にする。揺るぎない真の力や夢を得る努力を継続する。そうできることに幸せを感じる。眠りにつけ、目覚めたことを感謝する。だからきょうを、いまを精一杯生きる。涙はその証である。
追伸 お元気ですか。どんなときも明るく心をもって一生懸命!いつもそばにいて見守っています。翔ぶのに疲れたときは翼を休めに来校ください。「ひとつ屋根の下」、家族がお迎えします。

永井譲治

生徒の皆さん。こんばんは。夜分ごめんなさい。現在アナウンサー受験をされている方にお願いがあります。受験状況(とくに通過されている場合)をご連絡頂ければ幸いです。少しでも速く対策を練りたいです。就職活動で忙殺されてしまうときもあるでしょうから、ひとつの短いメール、一言でかまいません。でもそれが心の絆をつくれ、一期生をはじめ放送業界全般のヒューマンネットワークとなります。非力ながら私はひとつの内定に命をかけている、と言えますよう精一杯生きています。開校以来、ひとつの手術一日以外7年半休んでいません。それはアナウンスセミナーとその生徒を愛しているからです。私の夢は、不器用でも愛や心のある話し手がひとりでも多く世にでることです。そしていまより少し世の中が素敵なものになることです。私はまず、いま隣にいる、そばにいる人を全力で愛したいです。そうしないと誰も愛せないからです。生まれることができて、誰かのために生きたいです。笑顔がみたいです。喜びの涙にふれたいです。安心して眠りにつける力になりたいです。

永井譲治

生徒の皆さんへ。こんにちは。この時期は出会いが多くあるかと思います。私が考えます人間関係です。決して無理をしない。自分を酷く責めない。いろんな価値観の人がいる。自分だけ愛している人がいる。でもいずれ気がつくときがある。愛されていないと。自分は力を持ったと勘違いしている人がいる。その時点で成長はない。いつどんなときも謙虚でいたい。地位や名誉を気にしている人がいる。失ったとき、初めてひとりだと気がつくだろう。そして生きる意義を知るだろう。周りを気遣えない人がいる。「人間」を愛したことがないのだろう。愛されることもないだろう。他人のことが気になる。自分の人生を愛そう。生きるのは自分の人生。そして人や社会に貢献しよう。人は人のために生まれたのだと思う。この世にひとりで、生きていこうとは思えないからだ。「ご無沙汰しました」を避けよう。人は生かされている。人の絆によって生きていけるのだと思う。出会えたひとりを愛し大切にしたい。

永井譲治

生徒の皆さん。おはようございます。現在は何回目かのアナウンサー受験の山場ですね。あしたは見えるものではなく、心に描くもの。あしたを不安に思うのではなく、あしたに夢を持つ。夢を持てること、そして夢を追えることを幸せに思う。多くの人の愛や支えはあなただからある。ときには人のために自信を持つ。あしたが雨でも上がらない雨はない。雨があるから晴れた日を知れる。雨が長く続けば続くほど空の青さが眩しい。どんなときも明るく心をもって一生懸命!昼も夜もいつも見守っています。

永井譲治

生徒の皆さん。こんばんは。おととい感じたことを記します。

愛知県の中学校。その修学旅行の分散学習で三年生五人が学校を訪れた。毎年いまの時期にはよく全国の中学生が足を運んでくれる。小さな教室なのにうれしい。将来アナウンサーというみなの夢が叶ってほしいものだ。修学旅行の貴重な合間に立ち寄ってくれた彼女たち。濃紺の制服が輝いていた。挨拶をしあって、まあお座りくださいと私。座らずに椅子の横に立って並ぶ彼女たち。中央の子がひとこと。私たちはG中学校から来ました。きょうはよろしくお願いします。続く声もみな明るく大きく、そろってお辞儀。これは地元の名産ですと、みかんを両手で、少し恥ずかしげに笑顔で差し出す彼女。カウンセリングのかたちで彼女たちを録画した。おさまった可愛い天気のDVDを大切そうにしてくれた。一時間という出会いだったが、すがすがしかった。帰り際、また挨拶をしあった。それでは気をつけてと私。玄関のところに立って横に並ぶ彼女たち。中央の子がひとこと。きょうは夢を追いかける先輩たちと一緒に勉強できました。私たちもこれから頑張ります。本当に有り難うございました。まるで黒い雲の隙間に青い空を見つけたようだった。……
おとといの出来事です。敬語や気遣いがしっかりした平成生まれの中学生と接し安心したとともに、その大切さをあらためて感じました。

大切なのは技術ではなく知力でもなく、人格なのです。
いつも謙虚でありたいです。

永井譲治

生徒の皆さん。こんばんは。きょう先日分散学習で来校した中学生から手紙が届きました。五人それぞれからの礼状でした。来校時は修学旅行の途中だったので帰ってすぐ投函したかたちです。まず気遣いと対応の早さに感激しました。そしてその内容です。それぞれに時候の挨拶がありました。先日の「中央の子」の末文は「心のある話し手、人の心の痛みが分かる話し手」になることは私にはまだ遠いことですが、これから努力していきたいです、と綴られていました。彼女たちがいたのは一時間にも満たないくらいでした。そしてその場所で私は、心のある話し手……という私の学校の理念を一言も話していないのです。しかし彼女は気づいてくれました。思いや願いが年齢や環境、時を越えてつながった気がしました。そして彼女たちの未来の姿に幸せを感じました。愛や心、正義や理想。かたちになっていないものをかたちにしていきたいです。

永井譲治

時間がかかり迷いながらもオムレツがたどりついたようです。おとといのメールをあらためて送らせて頂きます。夜分ごめんなさい。生徒の皆さん。こんばんは。七月です。暑い日が続きますが、お体にどうぞお気をつけください。
アナウンサー受験についてです。採用試験は、始まると一年を通して行われます。四年生や社会人の方も受験の機会はなくなりませんので、どうか安心してください。いまは精神的にも肉体的にも辛い時期かもしれませんが、私も二十四時間態勢、命がけで頑張りますので一緒に夢を実現しましょう。絶対大丈夫です。苦しみや悲しみ、半分は受け持てます。まかせてください。持たせてください。私の生きがいでもあります。遠慮されないでください。
三年生の方。もうすぐです。Fテレビさんのセミナーの発表は例年今月中旬です。いつも謙虚であってください。アナウンスセミナーで出会うひとりひとりの方、ご両親やご兄弟。みなを愛し大切にしてください。決しておごらず曲がらず歪まず素敵な人であってください。想像を遥かに上回るじつに苛酷な試験です。ひとりでは立ち上がれないときもあるでしょう。どんなときも人を愛し大切にしてください。歩む勇気や力を同時に得ることができるでしょう。人を応援できる人は自分も頑張れる人です。出会いは奇跡です。人生をつくります。いまそばにいる人さえ愛せない人は誰も愛せないでしょう。悲しいことです。人のどんなに小さな声にも耳を傾けられ、痛みも知れる人であってほしいです。アナウンサー試験は人間を問われます。幸せなときより不幸せなときの人間性が大切です。どんなときも相手を思い遣れる強さや愛を持ちたいです。人を大切にできる人は自分の人生も大切にできます。卒業生の皆さん。いつも見守っています。勇気や元気を伝えられる話し手になられるでしょう。皆さんの人生が、より素敵なものになられますよう私も命かけます。

永井譲治

生徒の皆さん。こんばんは。ひとつ思うことです。

なぜアナウンサーを目指すのか、なぜアナウンサーとして生きるのか。社会貢献のため、そこに生きる愛する人たちのため。人は自分のためには生きられない。皆さんももう少し生きると感じるでしょう。自分のためには命は懸けられない。そこには愛する誰かがいて、その人を守るために初めてできることでしょう。
放送の仕事は時として命を落とすことがあります。また人たちを守り多く命を救うこともあります。人たちに勇気や元気、明るさを伝えることができます。人生を懸けられるとても素敵な仕事です。
一緒に頑張りましょう。愛する人のために。

永井譲治

生徒の皆さん。こんにちは。ここのところ度々ごめんなさい。
「謙虚」ということについて思うことを述べさせて頂きます。私の人生、生涯で一番大切にしていきたいと思っていることです。

謙虚さというのは自分を無にすることではない。自分をしっかり持ち相手を愛し尊敬し受け入れられることだ。自分が一番という考え方からは生まれてこないものなのだ。「誰にも負けない」も同じだ。自分に負けないように精一杯生きなければならないのだ。理想の自分に挑戦するために自分以外のすべての人たちを愛し尊敬し、その能力や思いを得て成長し頑張ることなのだ。
内々の話なのだが、アナウンスセミナーの玄関に写真と言葉があるように私の教え子がI選手の妻であり、義理の姉である。メジャーリーグに行く少し前のことである。某球団を退団しメジャーリーグの指名を待つ時期だった。I選手はふたりを前に真剣な顔で「お姉ちゃん。どこからも声がかからなかったら野球やめます」。またホームラン王を逃して落ち込むK選手に「Kさん。順位なんて気にしているんですか」。メジャーリーグ入団後のI選手。試合が終了して帰宅。深夜に食事。それからマシントレーニングを毎日、三百六十五日。何があっても続けている。順位、人と比べてではなく、自分の理想を限りなく追い求めているのだ。謙虚、理想、努力の継続が才能であり大切なのだ。

私が親しくさせて頂いている、その道の偉大なプロフェッショナルと言われている方々はみな謙虚で愛のある方です。人を大切にされ、いつも敬語です。一緒にいてとても安らぎます。
いつどんなときも他人を愛し気遣える、そんな人としての強さや幅、深さを身につけたいです。愛されることを願うのでなく、いつも謙虚で、人を愛していけたら幸せです。

永井譲治

生徒の皆さん。こんにちは。アナウンサー採用試験が始まりした。昨年は十月中に内定がでました。いまが大切です。いまが生きるときです。いま生きないと生きるときがないです。それは受験に限ったことではありません。

試験や社会では愛や心、人としての強さや幅、深さが大切です。人と比べたり人を羨んだり人を蔑んだりはしたくないです。
アナウンスセミナーの歴代の生徒は人として愛があって強いです。それが本校の伝統であり私が最も大切にし守っているものです。アナウンサー試験の最終面接が本校の生徒だけということが少なくありません。そして内定者がでたとき、それ以外の人たちがそのお祝いに駆けつけ、みなで感動の内定お祝いとなります。心からおめでとうが言えるのです。おめでとうを言いたいために庄やさんを訪ねるのです。一般的には考えられないことでしょう。でもそれが普通にできる人たちだからこそ、愛や心、強さや幅、深さをもった素敵なアナウンサーになれるのだと信じています。試験や社会ではいつも自分自身を試されているのです。他人との比較ではなく、自分で自分を見つめるのです。私は誰、どんな人。ときには自分のいやらしさに愕然とするでしょう。そして成長します。人のかわりに涙を流せる人でありたいです。愛するということに限界はないと思います。ただ愛している自分を愛したくはないです。人に愛されていると思う人間には決してなりたくないです。愛している自分に気づかず人を愛せる人になりたいです。

永井譲治

生徒の皆さん、卒業生の皆さん。こんにちは。思うことです。何でアナウンサーを目指すのか。どうしてアナウンサーとして生きるのか。少なくとも自分のためでは限界があるでしょう。人は自分自身のためだけに生きることは難しいです。私自身、自分のために命を懸けることはできないように思えます。でもそれが愛する人や守るべき人のためでしたら何とも戦え、命も引き換えられる気がします。放送の仕事では災害報道などでときに命を失うことがあります。いまのあなたには愛する人の顔が見えますか?
またアナウンサーは人を守るとともに人たちへ生きる力、勇気や元気、明るさを伝えていく仕事です。あなたにはどんなメッセージがありますか?
誰にも負けない、自分が一番、愛されることを願っている人には少し難しいことかもしれません。

いま、あなたに、愛する人へのメッセージはありますか?

永井譲治

生徒の皆さん。おはようございます。先日カウンセリングの時間を動かして頂いたりとご迷惑をおかけしました脳検査の結果が先ほどでました。お陰さまで大丈夫でした。まだ左半身にしびれはあるのですが、ひと安心できました。心配をおかけしてごめんなさい。皆さんをまだ守ることができてよかったです。
A放送さんの最終試験、東京キー局のセミナー開始ととても大切なときです。私も全人生をかけてフルパワーで生きますので一緒に人生をかけましょう。人はいましか生きられません。いまが一生と思い、ともにいまを精一杯生きましょう。夜は庄やさんにいつもいます。学校から足が遠のいて、お顔を出しづらい方もとても大切な時期ですから、遠慮なくいらっしゃってください。いつどんなときも、私が一番にしていますのは生徒の皆さんです。内定の声が聞きたいです。素敵な笑顔が見たいです。一緒に夢を叶えたいです。
ひとつ申します。
とても素晴らしいこと。
それは皆さんのいまの夢が同じだということです。
同じ夢を叶えようと、ともに頑張れる仲間がいます。決してひとりじゃないのです。人を愛してください。頑張りましょう。一緒に。一度だけの人生です。

永井譲治

生徒の皆さん。こんばんは。暑い中の就職活動の開始お疲れさまです。いまはアナウンサー受験の第一歩くらいの時期です。まだ一歩です。内定までは一喜一憂せずに、前向きにともに頑張りましょう。アナウンサーとして歩み出す人はどんなときも謙虚で明るく前向きで他人を気遣える人です。自分が辛いときでも周りの人のために生きられる人です。いま人間性を問われています。ともに頑張りましょう。私も一緒に頑張らさせて頂きたいので状況を携帯のメールまでご連絡ください。試験内容(セミナーの内容)を書いた進行表を学校まで取りにカウンセリングに来られる習慣をつけられてください。内定までともに生きたいです。どうぞよろしくお願いします。

永井譲治

生徒の皆さん。おはようございます。あした八日から本格的なアナウンサー受験が始まります。まずこの、おはようございます、こんにちは、失礼します、ありがとうございます、大学名、名前から明るく心をもって一生懸命!頑張りましょう。これから何があってもどんなときも明るく心をもって一生懸命!頑張ってください。どうしようもなく辛いときはアナウンスセミナーの仲間、家族がいます。私はいつもそばにいて見守っています。決してひとりではありませんから大丈夫です。
試験では内定まで一喜一憂しない。自分が辛いときでも他人を心から愛し思え気遣える。必ず受験報告をオムレツメールでする。ひとりで苦しまずカウンセリングに学校や庄やさんに来る。また来る習慣をつける。最近来校されてなくても気にされない。アナウンサー受験は大変で当然。ひとつの道を歩むということは、その道を本当に心から愛し、歩むために命を懸けている。決して驕らず羨まずいつも謙虚で、人としていつも人を愛す。誰にも負けないでなく、自分に負けない。だめな場合は才能がないのではなく努力が足りない。人間は辛いときこそ人格が問われる。そんなときでも人を気遣える。人としての強さや幅、深さを持つ。それらは受験だけでなく社会で人として生きていくときに大切なものです。アナウンサーとして生きていくときに必要なことです。ときに泣くこともあるでしょう。眠れない夜もあるでしょう。不安で逃げ出したくなることもあるでしょう。自分を信じられなくなることもあるでしょう。合否の連絡で待つことの苦しみを知るでしょう。でもひとりではありません。仲間がいて家族がいて私がいます。私は二十四時間待っています。苦しみを自分だけのものにしないでください。私が半分は受け持てます。ともに頑張りましょう。去年も一昨年も日本で一番最初にアナウンサーとして内定したのはアナウンスセミナーの生徒です。ともに生きましょう。みなに明るさや元気、勇気や安らぎを伝えられる心ある話し手になりましょう。
私はいつもそばにいて、皆さんの幸せを見守っています。
ともに生きましょう。

永井譲治

生徒の皆さん。おはようございます。おとといきのうとNテレビさん、お疲れさまでした。すべて初めてのことで身心ともに参られたことと思います。
皆さん。結果報告のオムレツメールを本当にありがとうございます。とても多くの方から、大変感激しました。皆さんもあらためて、人たちの、そしてアナウンスセミナーの絆を感じられたことと思います。よかったです。うれしいです。とても幸せを感じます。
私は、生徒の皆さんを誇りに思います。

人はひとりで生きるには、あまりにも弱い生き物です。ですが、それがふたりさんにんとなれば、前向きに明るく強く生きられます。これからも人たちを愛し、気遣い、他人のために生きられる心ある人であってほしいです。そして社会貢献できるアナウンサーとして人たちに明るさや希望、勇気や元気を伝えてほしいです。
まだ第一歩です。みなの愛を感じながら、みなを愛し、より絆を深め、ともに明るく心をもって一生懸命!頑張りましょう。私はいつどんなときもそばにいて見守っています。

永井譲治

アナウンサー受験もまだ一歩半歩かれたくらいです。もし将来自叙伝が存在したら、冒頭文あたりです。
内定までは何度も唇を噛み、いくつもの眠れない夜を過ごし、幾度も不安や焦燥に対していかねばなりません。でもそれはアナウンサーになるまでに誰でも通らねばならない道なのです。どんなに辛くても歩くことを止めたら決して辿り着くことはできないのです。そこでの人間としての成長は、いずれアナウンサーとして歩むとき、人たちの心の痛みを知れる、心ある話し手になるためにとても大切なことなのです。ともに頑張りましょう。決してひとりではありません。だいじょうぶです。いつもそばにいて見守っています。

永井譲治

生徒の皆さん。
こんにちは。お元気ですか。大丈夫ですか。アナウンサー受験。まだ本試験はこれからです。折れない気持ちとつながる思いが大切です。辛いと感じ、余裕がなくなると、人は自分の苦しみや悲しみ、痛みを自分だけ、と思います。やりばのない孤独を感じ、ひとりの世界に閉じ籠ります。でも決してひとりではありません。いま同じ夢に向かって同じ苦しみの中で頑張っている仲間がいます。
自分に負けず、どんなときも人を愛し、人のために生きられる人に、ともになりましょう。いまはその人格を得るための試練のときです。人たちに夢や希望、勇気や元気を届けていくには少し強くないとならないのです。
私は皆さんの苦しみや悲しみ、痛みを半分受け持つことが仕事で、人生で、私がいま生きている証です。ともに頑張りましょう。
いつもそばにいて見守っています。

永井譲治

生徒の皆さん。おはようございます。お元気ですか。
夢。持てることが幸せです。そして叶えるために生きられることはもっと幸せです。一度しかない人生で、その幸せを決して無駄なものにしないよう、精一杯ともに生きましょう。考えることは大切ですが、悩む時間は動いたり、感激したりできる時間に変えられたほうが幸せになれるはずです。
生きていて、涙は心の声です。感激や喜びの声が聞こえるよう、どんなときも、精一杯、生きていることにいつも幸せを感じて生きていきたいです。
私はいつも、きょうが一生、いまが一生の思いで生きています。
英語で「いま」は「Present」です。その素敵な贈り物を、いま大切にしましょう。いつもそばにいて見守っています。

永井譲治

卒業生、生徒の皆さん。こんばんは。そしてありがとうございます。
無事きょう10月1日で東京アナウンスセミナー8歳の誕生日を迎えることができました。1999年10月1日に設立でき、以来きょうまで8年間、2920日続けて教室を開けられたのは、愛すべき人たちと出会えたからです。本当に皆さんに感謝しています。ありがとうございます。私も学校も生まれてきてよかったです。
東京キー局、全国各放送局計150人を超えるアナウンサーが自ら集まり開いてくださった表参道での会、机もままならない、何の実績もない学校に入学し、自ら実績をつくってくださった1期生。皆さんの支えの中、愛の中、生きてくることができました。
これからも人の痛みを知れる、心あるアナウンサーが育ち、いまより少し世の中を幸せにできたら、とてもうれしいです。

いつどんなときも、明るく心をもって一生懸命、私も、そう生きていきたいです。本当にありがとうございました。

永井譲治

生徒の皆さん。おはようございます。
いよいよアナウンサー受験、本試験のスタートです。大切なのは自分が追い込まれてどんな辛い状況にあっても、他人を愛し気遣える気持ちと、アナウンサーを目指したときの純粋な思い、そして決して自分に負けない心を持ち続けることです。
それはアナウンサーとして大きく羽ばたくために絶対に必要なパスポートだと思っています。隣にいる人さえ愛せない気遣えない人はそれを手にしてほしくないですし、いずれみなに愛されていないことに気づくことでしょう。アナウンスは人格でするものです。各分野で突き抜ける存在の人は皆さん謙虚で愛があって愛すべき方たちです。
ともに頑張りましょう。一度の人生、ともに完全燃焼しましょう。最後は人は自分のためには生きられず、他人の笑顔のために初めて命を懸け、生きられると私は信じています。私は二十四時間態勢で生きて、いつもそばで見守っています。どうぞ苦しみを半分受け持たせてください。

永井譲治

生徒の皆さん。おはようございます。
きょうも明るく心をもって一生懸命!頑張ってください。

きのう仕事が立て込んでしまいまして、帰り際握手をして、この言葉をかけることができませんでした。きのうからそれが心残りで眠れませんでした。ですから、オムレツメールを借りまして、私の人生の全てと願いや思い、命を込め、申します。何があってもどんなときも、明るく心をもって一生懸命!頑張ってください。いつもそばにいて見守っています。きょう一日がいままでで一番幸せであられますように、私も命を懸けてお祈りしています。人生は一度。尊い、いまというときを、より強く、より深く、より素敵に生きてください。いつどんなときも見守っています。

皆さんは私の誇りです。

永井譲治

生徒の皆さん。おはようございます。
きょうアナウンサー受験の方、そして残念ながらそうでない方も、きょうを一緒に精一杯生きましょう。どちらにしても、きょうという日の重さや価値、時間や重要性は同じであり、とても尊いものです。
人生は一度きり。みなに公平に授けられている、その大切な一日一瞬を決して無駄にせず、ともに精一杯生きましょう。きょうをいままでで一番幸せな日に自らしましょう。ともに動き出しましょう。人生を愛しましょう。presentは英語で「いま」という意味です。いま、は贈り物なのです。宝石のように輝く可能性があり、幸せへのチケットになるかもしれない、その、いまというときは戻ってきません。きょうが一生、いまが一生です。ともに頑張りましょう。後悔しないよう、幸せな未来にするために、ともにいまを素敵に生きましょう。ひとりではありません。仲間がいて家族がいて、私もいさせて頂いています。一緒に頑張りましょう。夢を叶えましょう。一度しかない尊い人生です。いつどんなときも何があっても私は学校、庄やさんで前向きな皆さんを待ち続けています。

永井譲治

卒業生のみなさん。生徒のみなさん。こんばんは。夜分ごめんなさい。お元気ですか。きょう思うことです。

人間性が問われるのは、どちらかというと不幸せなときです。人はとくに大変なこともなく順調なときには周りを見る余裕があります。ですが体調が悪い、精神状態がよくない、疲れている、忙しい、時間がないなどのときには人に対してぞんざいになりがちです。なぜでしょうか。いまの自分は、自分のことで精一杯だからです。ですがそんなときでもみなを気遣える人がいます。いつどんなときも何があっても人を思いやれる、人のために生きられる、愛のある心ある人がいます。

私はそんな人にアナウンサーとして生きていってほしいと思っています。たぶんその人といるだけで安らぎ元気になれ明るくなれるでしょう。 生きていて、夢を持てたり、勇気がでたり、前向きになれたりするのは、人の言葉によるところが大きいです。電話やメールでの一言だったり、文の一節だったりします。アナウンサーという仕事はどんなに辛い状況にあっても、そんな愛のある言葉を放てなければならないのです。

人から愛されることを願うのではなく、いつどんなときも人を愛することのできる、人としての強さや幅、深さがとても大切です。

アナウンサーという仕事をどう考えるか、また人としてどう生きるべきか、いつも自分自身に問いかけなくてはなりません。
私の教え子のひとりは、命に別状があっても……という書類にサインをして、毎日病院を抜け出し海外からの全国放送を心からの笑顔で続け、別の番組では社会や人たちのことを心から思い、自ら降板しました。ひとつひとつひとりひとりのことにいつも全人生を懸けています。

アナウンサーを目指す、アナウンサーとして生きる、その重さをいつも感じていたいです。

永井譲治

卒業生のみなさん。生徒のみなさん。こんばんは。

きょう思うことです。

自分が希望された仕事に就かれる、またそれを追い求められることはとても幸せなことです。
ですがもしかしたらそれは後からもっと実感するものかもしれません。そのときは精一杯で気づかないのかもしれません。でもそれだけ一生懸命になれるものなのです。人間生きていて、自分の心が希望する仕事にめぐりあえることは、そうはないように思えます。生涯でひとつあればとても素敵なことだと思います。

ですからそれを自分の命のように大切にすべきだと感じます。アナウンサーに限らず、一度の人生、自分が命を懸けられる仕事と出会いたいものです。きっとそれは、どこかに人の笑顔のために、社会のためにという思いをもてるものでしょう。

人は自分のためだけに生きるのはとても難しいように思えます。誰かのために初めて精一杯生きられるのだと思います。
私もそんな思いをいつも胸に、生きていけたら幸せです。

永井譲治

生徒のみなさん。おはようございます。お体はいかがですか。風邪がはやっています。お気をつけくださいね。

いまはテレビT、Kテレビ、Yテレビですね。きょう9日PM9:00~庄やさんにテレビTの試験官のおひとりをお招きしています。お話を伺いたい方はいらっしゃってください。

カウンセリングはいままで通り毎日行っています。これからも私が倒れて動けなくなるまではずっと続けます。みなさんがいつ相談に来られても大丈夫です。ともに頑張りましょう。同じ時代、同じ地球、同じ日本、同じ東京、同じ中目黒、同じ教室で奇跡的に出会った仲間やいま生きていることで出会うひとりひとりの人たち。まず側にいる人ひとりから大切にしたいです。それができなければ、誰も愛せないからです。その人のために生きたいです。心をつなげたいです。奇跡的にいまここで同じ空気を吸って生きているのに、心がつながらないのはとても悲しいです。私はいつも「きょうが一生」「いまが一生」と思い、生きています。いつも「命」を大切にしてあげたいです。お互いの命を大切にしたいです。いまを大切にしたいです。人を心から愛したいです。決して損得で人と接したくないです。いまの時代、みなさんと出会えて、私はとても幸せです。ありがとうございます。感謝しています。

永井譲治

生徒のみなさん。
おはようございます。
きょうもテレビT他の試験です。

夢がある、夢を持てる環境にある、夢を叶えることができる周り人たちの支えがある、その幸せを強く感じられながら、精一杯頑張ってください。

自分の夢が見つかり、それを追うことができるみなさんは、とても幸せだと思います。試験は出会いです。みなさんが素敵な方々と出会われることをお祈りしています。いつどんなときも幸せを感じて、自分らしく、明るく心をもって一生懸命!頑張ってください。いつもそばにいて見守っています。

永井譲治

卒業生のみなさん、生徒のみなさん。こんにちは。お元気ですか。風邪が流行っていますので、お体にお気をつけください。

思うことです。
人生でとても大切なことは、努力の継続と出会い、ということです。私のまだそんなに長くない人生でも、そこで出会った、その道で突き抜けた存在の方たちは、みな共通に持ち合わせていらっしゃいました。

敢えて才能を考えたとすると、30分のことを20年毎日続けるのは才能と言えるものかもしれません、と世に天才と言われる方がおっしゃっていました。

アナウンサー受験直前に発声練習をするのは当然ですが、最終役員面接で不合格だった当日に練習できる人もいます。

出会いですと、あの方と会うと安らぐ、優しい気持ちになる、幸せな思いになる、頑張ろうと前向きになれる、そんな人とひとりでも多く出会うことが大切だと思います。そのとき、そこで、偶然に出会った方が人生を決定づけるのだと思います。まずはどこまでひとりの人を自分が大切にできるか、から始まることなのでしょう。私は、いまとなりにいる方をどこまで愛し大切にできるかに、人生を懸けたいと思っています。

365日、学校や庄やさん、カウンセリングでお待ちしています。

永井譲治

卒業生のみなさん。生徒のみなさん。こんにちは。
もうすぐ師走ですね。一年は早いです。

思うことです。

みなさんはまだあまり感じられないでしょうが、私などだと人生は加速度がついていくように早くなる感じがします。じつは私の場合それは大学浪人中くらいから強く感じていることなのです。ですから以前から私は「きょうが一生」「いまが一生」と一日の始まりに手帳に赤字で記し、一日、いまを一生のごとく大切に生きようとしています。このメールをひとつ送信するときも、いまが一生、と念じ、精一杯人生や命をいれています。一秒でも、「頑張って」「元気を出して」と人を応援できます。また同時にひとことの重さや愛、思いや願いをいつも感じていたいです。

自分がいまという時間でできることに私はいつも命を懸けたいです。いつどんなときも人を全力で愛したいです。

一度しかない人生、みなさんのいまを大切に、自分にしかできない素敵な生き方をしていかれてほしいです。いまが一生です。

年末年始もいつものようにカウンセリングを行っています。
みなさんの存在で、いつも私は人を愛し、いまを全力で生きることができます。人生を懸けることができます。ありがとうございます。心から感謝しています。

永井譲治

卒業生のみなさん。生徒のみなさん。こんにちは。度々ごめんなさい。

きょう思うことです。

夢を追う。

私の教え子のご主人I選手はメジャーリーガーの夢が叶ったとき、一日中Mの帽子やユニフォームを身につけ、まるで子供のようにはしゃいでいた。

かつて高校時代のI選手は野球部で、そのバットだけがチームメートに分かったそうだ。みんなのバットが入ったケースの中の一本だけ、そのグリップが血で黒ずんでいたのだ。O二軍当時のI選手。まだ入団して間もないころ、すでにプロ野球では、Oの二軍には、とてつもない練習をする選手がいると評判になった。

夢を実現するのに大切なことは、純粋に夢を追い求める心、それを叶えるための不断の努力なのだ。

I選手は、夢を現実にするには、「一年というよりも、一日一日、いや、一分一秒をクリアしていく、と言ったほうがいいでしょうね」と語っている。

夢までの距離を測れる物差しはありません。ですから、自ら歩いて確かめたいです。一年365日カウンセリングでお待ちしています。どんなに険しくても、夢まで続くその道をともに歩きましょう。一度しかない人生です。いつどんなときもそばにいて見守っています。

永井譲治

卒業生のみなさん。生徒のみなさん。こんにちは。インフルエンザが流行っていますが、お元気でいらっしゃいますか。

心が痛んで折れそうになっていませんか。大丈夫ですか。そんなときは学校や庄やさん、カウンセリングでお待ちしています。ともに人生について、仕事について、夢について、愛についてなどなど、たくさんお話しましょう。折角同じ時代に同じ夢を求めて同じ場所で奇跡的に出会ったのですから。
初めのころの気持ち、とても大切だと思います。

声が少し出るようになった、言えなかった音が出た、目つきが少しよくなった、フリートークで少し転換できた、愛する人が自分の言葉で少しだけ元気になれた。いま思い出してみるととても幸せだった。

みなさんの初めの思いや願いは、とても尊いもので、そして偽りのない真実だと思います。人生にはいつも壁があります。初めの夢を大切に、ともに越えていきましょう。私はいつも壁のそばで待っています。

永井譲治

卒業生のみなさん。生徒のみなさん。こんにちは。
きょうは日差しが暖かいです。愛を感じます。

年末年始は、人の命や絆の尊さを年賀状などを通して強く感じます。
「いま」の大切さは、いま気づかないことがあります。きょうが一生、いまが一生。ともにいまを愛して生きましょう。

年末年始も学校や庄やさんでカウンセリングをしています。ずっと365日態勢ですので、辛いときこそお待ちしています。いつもそばにいます。

永井譲治

卒業生のみなさん。生徒のみなさん。こんばんは。
今年もあと二十日となりました。

年末年始というのは、幼少のころの「もういくつ寝ると……」や大晦日のカウントダウンなど、何かと日が経つのを意識します。ですが、考えてみますと、一年を通じてどこの期間だけ尊いということはありません。

本来いつも時の大切さを感じながら生きていたいです。いま生きていることを当たり前と考えないように生きたいです。それは同じように親や友人、周りで支えてくださっている方たちからの愛情にしても、そこにいつも「ある」ことが当然にならないようにしたいです。

いま生きていて、きょうやいま、愛やこころにいつも感謝して、いまを生きたいです。私はいつも精一杯、いまと人を愛し、全力で生きていきたいです。

夢を持てることも当然ではありません。ですから苦しみや悲しみがあったとしても、それに感謝して生きていきたいです。いつどんなときも一年中そばにいて見守っています。一度の人生、ともに素敵なものにしたいです。

永井譲治

卒業生のみなさん。生徒のみなさん。こんばんは。
きょうの東京はとくに寒いです。

夢について考えてみました。私の場合はアナウンサーを養成するのが仕事ですので、アナウンサーという夢について考えてみます。

そうすると、やはり思いや願いの、強さや深さに比例して夢が叶うというのが分かります。たとえばアナウンスセミナー1期生はアナウンス受験を半年以上続けた生徒に関しては100%合格なのです。なかには4年越しのアナウンサー受験で夢を叶え、現在も生きがいを感じながら仕事をされている女性もいらっしゃいます。

夢までの距離は分かりませんし、そこまで続く道はなぜか険しく厳しいものがあります。たぶん平坦な道の先には落胆という気持ちが待っているように思えてなりません。ですから夢を追うこと自体、もともと険しく厳しいものなのだと思います。

夢を実現するために感じざるを得ない、その辛さや苦しみ、悲しみや孤独感。ときにはそこから逃れたくもなるでしょう。しかしそのとき中途半端な生き方をしていたら、何年後かに、もと来た道を歩むことになるでしょう。そのときはもっと過酷な道が目の前にあると思います。

ですからどんなに辛くてもいま、夢へ向かって精一杯生きていきたいです。またすぐに順調にいかなかったからこそ感じられる周りの方たちからの愛や心、そして挫折を知って初めて芽生える人たちへの愛情がきっとあることでしょう。

ともに頑張りましょう。少なくともひとりではありません。あと少し夢まで一緒に歩みましょう。いつもそばにいます。

永井譲治

2008年

卒業生のみなさん。生徒のみなさん。こんにちは。
東京はきょうも寒いですが、太陽に愛を感じます。

思うことです。
当然なことですが、人はひとりでは生きていけないということです。
多くの人たちの愛によって支えられています。
生きているではなく、生きていかれる。

いつもどれほど人たちの愛をしっかり感じていられるかが大切だと思います。損得を考えて、人と接する。とても悲しいことです。その思いで生きている人はその思いの人たちがそばにいることになるでしょう。人間関係をスケジュール帳に記すように、計算して人たちと接する人にはなりたくないです。

恋人や家族、仲間など、いつもそばにいる人の愛や思いを感じることは容易なことかもしれません。

大切なのは、いま生きていられることに、多くの人たちが関わっていることをいつも感じていられるかでしょう。また自らどれだけ多くの人たちを愛することができるか、どれだけその人たちのために生きられるかが大切であり、その生き方がアナウンサーとして生きるということだと思います。

アナウンス部だけでなく、営業や宣伝、報道や総務、視聴者や聴取者、その地域の方々を思い、愛していけるかが大切だと思います。もちろん日常生活でもいつも多くの愛を感じ、また愛に生きていきたいと強く感じています。

みなさん。
どうぞよろしくお願いします。

永井譲治

卒業生のみなさん。生徒のみなさん。こんにちは。

きょうもアナウンサー受験、お疲れさまです。

精一杯頑張っていらっしゃったら、夢への扉を必ず開けられると信じています。
私はすぐそばにいていつも見守っています。

私は昨年の初夏のころから毎日、歌「詞」を書き続けています。命を詞にしています。

アナウンサー受験に生きるみなさんへの応援、先日お心をくださった方たちへバレンタインのお返しとして、私の詞をお贈りします。

詞のひとつです。

夢への扉は
厚く
重く
そして
いくつも
ある

開け続けた
者だけが
夢を
叶える

もし
君が
涙で
ノブを
見失って
開けられない
ときや
悲しみや
苦しみで
力を
失ったときは

私が
君の手を
とって
ともに
ドアを
開けよう

ともに
歩むことは
できない
けれど

命続く限り
君の手を
とって
君の夢の扉を
開け続けたい

それが
私の夢の扉

永井譲治

卒業生のみなさん。生徒のみなさん。こんばんは。

内定者の皆さんはあしたが入社式ですね。
本当におめでとうございます。そして頑張ってください。心より応援しています。

初めての職場は気遣うことが多いかと思います。

人生は三日三週間三ヶ月三年が節目だと思います。
ですが「きょうが一生、いまが一生」と思われ、いまを大切にし、素敵な人生にされてください。

昨年も私がオムレツメールに記しましたことを贈らせて頂きます。
みなさんのアナウンサー人生が始まります。
言葉について言葉を贈らせて頂きます。

言葉は人を傷つけ悲しませるためにあるのではなく、元気づけるためにあるのだ。後ろ向きではなく前向きになれるように。夢や希望を持てるように。笑顔をひとつでも多くつくるために。みなが生きる勇気を持てるように。険しい道でも確かに歩んでいけるように。ひとりで涙を流さないように。心が折れないように。あきらめないように。くじけないように。まがらないように。安らぐように。優しくなれるように。決してひとりではないと思えるように。明るくなれるように。倒れないように。立ち直れるように。安心して寝られるように。多くの間違いを正すために。自分のために話すのではなく相手のために話すのだと思う。争いをとめ平和な世の中にするために。そして愛を語るために。

どんなときも明るく心をもって一生懸命!頑張ってください。いつも心のそばにいて見守っています。

永井譲治

カウンセリングは1999年10月1日開校以来、1日を除き続けています。

大腸ポリープの手術をお医者さんにお願いして日帰りにして頂き1日だけお休みしました。

ですが当日アナウンスセミナーの授業は2クラス行いましたので、8年半、学校開校記録を続けています。

私の人生は自宅、学校、庄やさん、の三点を移動しているというだけの世界です。

しかし私の幸せは、みなさんがみな幸せになられることです。
そしてみなさんが世界中にアナウンサーとして羽ばたかれ、いまより少し世界が平和になることです。

未熟者で自分が嫌いになることがたくさんありますが、精一杯生きますので、どうかよろしくお願い申し上げます。

きょうが一生、いまが一生。いまを生きます。

永井譲治

つくりたての詞です。

夢を
持つこと

幸せで
悲しくて
空しい

夢を
持ち続けること

幸せで
苦しくて
辛い

でも
ずっと
歩んで
こられた
のは

きみの
ひたむきな
思いと

きみの
回りにある
愛が
支え

ひとりじゃ
なかったから

きみだから
ひとりじゃ
なかったから

夢は
みなで
大切に
し合う

命のよう

永井譲治

生徒のみなさん。こんにちは。7月に入りました。早いです。

アナウンサー受験もあと少しです。

アナウンサーとして歩んでいける人
それは、自分には無理だろうけれど、精一杯頑張ってみよう、という人。

原稿読みにしても、フリートークにしても、人格にしても、自信がある人は、まず合格はあり得ないでしょう。何の裏づけもない自信はなくしましょう。

合格される人は、感じがいい人だな、という人です。
謙虚で心があって明るく、人の心の痛みを知れる人です。

敬語も無理して遣っているうちは何の意味もないでしょう。敬語は人を敬う、愛することから生まれます。

アナウンサー試験対策です。

・自己紹介350字~380字
・アナウンサー志望理由350字~380字
を書かれた方は庄やさんで添削します。

きょうが一生、いまが一生。いまを大切に人を大切に人生を大切に、ともに精一杯生きましょう。

いつもの私の詞です。

夢への扉は
厚く
重く
そして
いくつも
ある

開け続けた
者だけが
夢を
叶える

もし
君が
涙で
ノブを
見失って
開けられない
ときや
悲しみや
苦しみで
力を
失ったときは

私が
君の手を
とって
ともに
ドアを
開けよう

ともに
歩むことは
できない
けれど

命続く限り
君の手を
とって
君の夢の扉を
開け続けたい

それが
私の夢の扉

永井譲治

生徒のみなさん。こんばんは。

アナウンサー採用試験のことです。

あらためましてアナウンサーとして歩んでいける人。

それは、自分には無理かもしれないが、精一杯頑張ってみよう、という人。

原稿読みやフリートーク、人間性など、自信がある人は、まず合格しないでしょう。謙虚さのない人は成長もないでしょう。

合格される人は、感じがいい、という人です。
私でも10秒くらい会話をすれば分かります。

敬語は人を敬う、愛することから生まれます。その道で突き抜けた存在で、偉大な人物はみな敬語が美しいです。

アナウンサー採用試験対策の基本です。
・自己紹介350字~380字
・アナウンサー志望理由350字~380字
を書かれた方は庄やさんで添削します。

写真撮影はTさん、ヘアはSさんをご紹介します。

スナップ写真は1000枚くらい撮りましょう。本人の写りの良さと話題性が大切です。

試験開始となりましたら、受験直後に、その内容をオムレツメールで伝えてください。

試験の結果ひとつひとつで一喜一憂しないこと。通過しても謙虚に、不合格でも、その直後から前向きに努力、練習できる人であれば内定されるでしょう。

すべては人間性です。
アナウンサーとして生きていくことも同じです。

永井譲治

生徒のみなさん。こんにちは。
最近入学された方もいらっしゃいますので、以前のメールに加筆致しましたものを送付致します。

アナウンサー採用試験についてです。

アナウンサーとして歩んでいける人。

それは、自分には無理かもしれないが、精一杯頑張ってみよう、という人。

原稿読みやフリートーク、人間性など、自信がある人は、まず合格しないでしょう。謙虚さのない人は成長もないでしょう。
誰にも負けない、ではなく、自分に負けないよう、理想を追求しましょう。

合格される人は、感じがいい、という人です。人間性が第一です。
私でも10秒くらい会話をすれば分かります。

敬語は人を敬う、愛することから生まれます。その道で突き抜けた存在で、偉大な人物はみな敬語が美しいです。

アナウンサー採用試験対策の基本です。

・自己紹介350字~380字
・アナウンサー志望理由350字~380字

Fテレビさんのエントリーシートは、見出し、具体性、独自性、話題性、簡潔に、です。

書かれた方は庄やさんで添削します。

写真撮影はTさん、ヘアはSさんをご紹介します。

スナップ写真は1000枚くらい撮りましょう。本人の写りの良さと話題性が大切です。
Fテレビさんのエントリーシートの裏のスナップ写真にコメントをつけることも大切でしょう。

撮影スタジオですが、Tさんの電話番号は○○○○です。もうひとつご紹介致します。Aさんの電話番号は○○○○です。
できましたら、複数のスタジオでたくさん撮りましょう。

ヘアサロンのSさんは○○○○です。
東京アナウンスセミナーの私の紹介でとご連絡ください。

試験開始となりましたら、受験直後に、その内容をオムレツメールで伝えてください。

試験の結果ひとつひとつで一喜一憂しないこと。通過しても謙虚に、不合格でも、その直後から前向きに努力、練習できる人であれば内定されるでしょう。

すべては人間性です。
アナウンサーとして生きていくことも同じです。

私は学校、プロダクションともに24時間態勢です。
一緒に精一杯生きましょう。

永井譲治

生徒のみなさん。こんばんは。毎日お疲れさまです。
最初のエントリーシートを提出されて、その重さや命を感じられた方も多いと思います。

ここ三日間は私も庄やさんで添削を午前三時くらいまでして、生徒のみなさんも始発まで頑張っていらっしゃいました。

結果は毎回私までご連絡ください。
四年生以上の方もセミナーを是非受験されてください。毎年四年生以上の人は通過される方が多いです。努力の時間が違うからです。

試験の結果ひとつひとつで一喜一憂しないこと。通過しても謙虚に、不合格でも、その直後から前向きに努力、練習できる人であれば内定されるでしょう。

すべては人間性です。
アナウンサーとして生きていくことも同じです。

ともに精一杯生きましょう。

永井譲治

生徒のみなさん。こんばんは。
Fテレビさんのエントリーお疲れさまでした。

合否の連絡を有り難うございます。
現在までで東京アナウンスセミナーで通過された方は11人です。

今後次の試験前には、過去の放送局別試験内容が書かれた進行表を、私までとりにこられてください。

初めてのエントリーシートの提出、大変だったことと思います。

通過されなかった方は、残念な思いでしょうが、最初に大変さを感じたことは、今後のエネルギーにかえられると信じています。

本校2期生と6期生の卒業生は、最初のFテレビさんのエントリーシートで通過せず、その後、FテレビさんとNテレビさんのアナウンサーになられました。
一緒に頑張りましょう。

私の詞です。

夢への扉は
厚く
重く
そして
いくつも
ある

開け続けた
者だけが
夢を
叶える

もし
君が
涙で
ノブを
見失って
開けられない
ときや
悲しみや
苦しみで
力を
失ったときは

私が
君の手を
とって
ともに
ドアを
開けよう

ともに
歩むことは
できない
けれど

命続く限り
君の手を
とって
君の夢の扉を
開け続けたい

それが
私の夢の扉

永井譲治

アナウンサー採用試験開始となりましたが、人生の夢があり、夢を叶えられる環境に幸せを感じ、精一杯頑張ってください。

幸せはいつも、「いま」、感じられないものです。

いま、幸せを感じて、生きましょう。

いつどんなときも学校や庄やさん、カウンセリングでお待ちしています。

私も体調があまりよくありませんが、力の限り頑張りますので、みなさんも自分に負けずに頑張ってください。
いつもそばにいて見守っています。

永井譲治

卒業生のみなさん。生徒のみなさん。こんばんは。夜分ごめんなさい。

アナウンサー採用試験の受験やアナウンサーとして生きていかれるときに、大切だと思いますことを記します。

とても順調なときや不遇なときの人間性です。人はそんなとき、自分しか見えなくなることがあります。

ですが、本当に偉大な人になられる人はいつも変わりません。

どんなときも人を気遣える、愛せる、人としての幅や深さ、強さを持った人間です。

将来アナウンサーとして大成される方も、そんな人です。

とても幸せなとき、とても不幸せなとき、疲れているとき、忙しいとき、体調が悪いとき、どれだけ他人を思いやれるか、とても大切なことだと思います。

そんな人が将来素敵な話し手として多くの人たちに愛や夢、心や勇気を届けられる存在になられると信じています。

心より応援しています。

永井譲治